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短篇小説「ドーナツ化商談」

「なんだこれは。話が違うだろう!」
「違うってほうが違いますよ」
「今どきこんな大きいの、誰が買うんだよ」
「大きくないですよ。むしろこれが小さいっていう人が古いんですよ」
「これが大きくなかったら何が大きいと?」
「そら十年前だったらこれでも大きいでしょうけど、今は逆にこれくらいが主流なんですよ。むしろちょっと小さいくらいかな」
「このサイズで美味いのなんて、食ったことないけどな」
「まあ食うかどうかは人それぞれですけど、デカいほうが美味いって人も少なくないですよ。特に今どきの若者はそうですね」
「こんなんじゃ、変化球どころか遅いストレートも打てやしない」
「たしかに若干重いですけど、うちの会社にもいますよ。これでガンガン打ってる奴は」
「これじゃ打ったとしても、打たれたものが美味しくなるとはとても思えないな。甘味がなくなるに決まってる」
「僕もこれで打ったのを食べたことありますけど、結構甘かったですよ。少なくとも青銅ので打つよりは」
「青銅のはグリップが滑るからな」
「ですよね。匂いはいいんですけどね」
「それに比べてこれは大きいうえに、匂いもイマイチなんだよ。吐き気がする」
「でもそのぶん栄養価は高いですよ。あと耐震性能も最新基準を満たしてますし」
「そこは安心なんだが、防水性能がIPX3じゃ弱いな」
「まあちょっとした雨くらいなら全然いけますよ。少しくらいなら醤油とかかけても美味しいですよ」
「でもこういうのは、やっぱり風呂で使いたいもんじゃないか」
「風呂はちょっと無理かなぁ。圧力鍋だと、蒸気でふっくら仕上がるんですけどね」
「それはたしかに食感は良さそうだが、いつも食べるわけじゃないからな。俺は食べないときの使いかたを重視してるって、前に言っておいたじゃないか」
「んなこと言ったって、100%食べないならわかりますけど、1%でも食べる可能性があるのなら、それは食べることも重視しないといけないわけでしょう?」
「まあそれはそうだが、重視してないもんは重視してないんだよ。あとはこれを読むことで、せめて息子の成績が上がるというのなら、それはそれで買う価値はあるといえばあるんだが……」
「文系は知らないですけど、理系科目は上がるらしいですよ。まあ、どっちかというと味重視なんで、読みやすくはないですけど」
「だろうね。しかし味もたいして美味くはなさそうだが」
「さっきも言いましたけど、ふかすと抜群に美味しいですよ。そうなると字はふやけちゃって読みづらいんですけど」
「でもふかすと打てないだろう。俺も打ちっぱなしで使いたいんだが」
「いちいち天日干しすれば打てないことはないですけど、劣化は早まるでしょうね。とはいえ他の商品と比べても、回転数はかなり高いですよ」
「ああ、回転数は重要だな」
「あと大きいだけあって、バッテリーの持ちもいいですよ。急速充電もできますし」
「なんだ、それを先に言ってくれよ。じゃあ息子のぶんと合わせて、二つもらうよ」

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