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その骨董品には意思がある。ものが人の縁を繋ぐ、不思議な骨董屋の物語『雨柳堂夢咄』

【レビュアー/bookish

波津彬子先生の『雨柳堂夢咄』は江戸から明治に時代が変わった東京にある骨董屋・雨柳堂を舞台にした物語。

雨柳堂の主人の孫、蓮が物に宿る不思議な存在の声を聞き、彼らをあるべきところへ導きます。「もしかしたら私も月見の野点に参加できるかも」という願いとともに、思わず物を大切にしたくなるお話たちです。

物の声が聞こえる蓮がつなぐ縁

物と人の出会いは一期一会。それが基本的に同じものがない骨董品であればなおさらです。

『雨柳堂夢咄』に登場する雨柳堂はそんな骨董品を扱う店。市などで骨董品を仕入れ、好事家らに売却します。

しかしときどき、店頭に並んでいても売れない品があるーーそれは雨柳堂の主人の孫、蓮がその物の声を聞き、無闇矢鱈に売らないようにしているものです。

なんと雨柳堂の店の奥の倉庫には、蓮の指示で「売らない方がいい」とされているものがまとめられているスペースまであります。

この物に憑く精の一部はちょっとわがまま。蓮に訴え、自分が行きたくない売り主のことは拒否。逆に物の精が買い主を選ぼうとすることすらあります。彼らはときに買い主に幸せをもたらし、ときに害を及ぼすものとの縁を切ります。

蓮が人と物の縁をつなぎ、さらにその物が買い主と誰かの縁をつないでいく。それは親子の間の対話であったり恋人や友人とのつながりであったり。この世とあの世の境目をあやふやにし、現世の人間に違う世界を見せることもあります。

ちなみに雨柳堂には狐やたぬきや鯉といった人間以外のお客さんも少なくありません。ある意味、人ならざるモノが憑く物があつまり人ではないものが訪れる雨柳堂そのものが、現世と現世ではないどこかをつなぐ場所になっているともいえます。

縁のあるものも縁のある人も、いつか自分の元へ

鬼が香炉になった手を取り戻そうとする「百物語の夜」、町で評判の小町娘を物の怪がさらいに来る「猫王」など、ホラーっぽい物語もありますが、物語の多くは、物がつなぐ人と人や人と思い出の暖かさを実感するものです。

駆け落ちした男女が野原で不思議な月見の野点に参加する「むさし野」など、本来であれば交わらない人と物が一瞬だけ交差する瞬間を丁寧に捉えているものも少なくありません。

1話読み切りの話が多く、どこから入ってもこの世界に飛び込むことができます。

私は、狐が守護する笛をめぐる「寒月の笛」や、中国の茶壺をめぐる「午後の清香」のように物の精のおかげで物があるべき人のところへ戻る物語が好きです。

そしてこの、「物が人の縁をつなぐ物語」のひとつが、柚月と篁青ニ郎のお話。

壊れた骨董品自身の直してほしい姿がわかる力を持つ柚月は、焼き物のつくろいをなりわいにする家で修行中。両親とは死別し、唯一の縁はお守りにはいった焼き物の破片。そして篁は、なくなった柚月の父親の家で弟のように可愛がられていました。柚月の母親に頼まれ柚月を探し、再会します。

こうした複雑に編まれた物語を彩るのが、物語に登場する素敵な骨董品です。

歴史に名の残る職人の著名な品も出てきますが、蓮ら物語の登場人物らが重視するのは、物の世間的な評価や価値ではなく持ち主の物への愛着。それは、作り手だけでなく使い手の思いが込められ、その物をほかの骨董品とは違うものにしているからです。

この作品に触れていると、不思議な出会いに期待して身の回りの物を大切にしようと思えてきます。まあ、私の手元にあるスマートフォンやパソコンをどんなに大事にしたとしても、彼らは月見の野点には連れて行ってくれないと思いますが。

紙の単行本で揃えたい美しさ

波津先生の紡ぐ物語はもちろん、細かく書き込まれた絵そのものも見ごたえがあり、『雨柳堂夢咄』の魅力のひとつ。

今回いろいろな電子書籍サイトのセールをきっかけに電子書籍版の既刊を揃えたのですが、表紙のカラー絵などを眺めていると紙の単行本ならどう見えるのかと気になってきます。

先生のあとがきやツイッターなどへの書き込みを拝見していると原稿は手書きで描かれているようで、すきのない骨董品の書き込みや着物の絵柄に惚れ惚れします。

電子書籍での購入は手軽ですが、もし表紙など気に入った絵柄があれば紙の単行本を求めることもおすすめします。