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『半神』を読んだことはありますか?「少女漫画=胸キュン」と敬遠する人にこそ読んでほしいオススメ6選

【レビュアー/和久井香菜子

お仕事で「少女マンガ研究家でーす」とか言ってると、「イケメンの胸キュンセリフを教えてください」みたいな仕事を依頼されることがあります。

まあ即答するなら「シラネー」です。そういうファンタジー嗜好は成人式の会場に置いて来ちゃいました。

イケメン名セリフとか心躍るキスシーンとかでコラムの依頼が来たときは、けっこう毎月書くのが辛かったです。

男子高校生が偉そうに女の子をもてなしてるのとかを読むと、「でもお前は親からお小遣いもらってパンツ洗ってもらってるんだろ?」って思ってしまいます。

先日、「世界で一番美しい少年」というドキュメンタリー映画を観てきました。

映画「ベニスに死す」で一躍スターになったビョルン・アンドレセンの人生を追っています。証言者の中に日本人が登場するのですが、ビョルンに対する外見搾取の筆頭のような紹介のされ方でした。ビョルンは少女漫画のキャラのモデルになり「少女漫画は美しい男性を見るもの」と語られます。もちろんそうした側面もありますが、「それだけ」が少女漫画だというのはあまりに軽薄です。

少女漫画がこれだけ多くの文化人から絶賛されているのは、なにもイケメンがチャラチャラと女に言い寄るからじゃないんです。もちろんそういうファンタジーが入り口になっている部分もあると思います。でも少女漫画の本懐はそこじゃない。

で、これまた先日「おすすめの少女漫画を教えて」と男性に言われたので、鼻息荒くなって考えてます。

ほとんど少女マンガを読んだことがないそうなので、これは少女漫画=イケメン胸キュンで主人公がささやかな理由でメソメソ泣いてるだけじゃないのをアピールしなければ……!男性向け漫画と女性向け漫画は伝え方の文法が違うので、取っつきやすいテーマかどうかが重要そうです。

というわけで、①読むと勉強になる ②イケメンが女に媚びない ③テーマが明快 でいくつかピックアップしてみました。

これらの作品をフックにして、少女漫画に馴染みのなかった人たちが虜になってしまえばいいと思います!

『エル・アルコン-鷹-』(青池保子/秋田書店) 全2巻

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『エル・アルコン-鷹-』(青池保子/秋田書店)より引用

青池保子先生の作品は男社会の話がメインで女はほとんど出てこないので、全体的にお勧めです。中でも全2巻と長くないので取っつきやすいのがこれ。スペインの無敵艦隊が元気だった時代に、イギリス海軍でスパイをやってる将校ティリアン様の話です。

彼は自分をより高くスペインに売るために、深謀遠慮の限りを尽くしてイギリス海軍で立ち回っていきます。冷酷で計算高く、自分の野望のために利用できるものはなんでも使うけど、庇護下にある人たちには情に厚い。かっこいいけど女に媚びるどころか、ばんばん欲望の餌食にしてるあたり、少女マンガ慣れしてない人も安心して読めそうです。「女は 抱かれていればいいーー」とか差別的発言ぶっこいてますが、ティリアン様が言うなら仕方がない。

青池作品は時代考証もかなりしっかりしていて、何気ないコマやセリフにすごい情報が詰まってたりします。また激しくかっこいいティリアン様ですが、物語の時代は無敵艦隊が活躍したレパントの海戦から10数年後。歴史好きならその後の展開はお察しで、その儚さもたまりません。

その他青池作品では『アルカサル-王城-』も好きです。14世紀スペインのセビリア王ドン・ペドロの生涯を描いた物語です。異母兄弟エンリケとの生涯にわたる確執も見どころです。

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『アルカサル-王城-』(青池保子/秋田書店)より引用

当時のスペインはまだ国が統一されておらず、レコンキスタも未完了、このあたりの時代を知っておくとスペイン史の基礎知識になりそうです。

ちなみにスペインを統一してレコンキスタを達成、コロンブスを派遣し、スペインを大国にのし上げたイサベル女王のおじいさんがドン・ペドロです。戦いに明け暮れ、女と遊んだ苦労の多い王様の様子が描かれております。ドン・ペドロがスペイン中を戦争で駆け巡るので、地理にも詳しくなります。

作中の史跡がボコボコあるので、セビリアに行くなら必読の書です。けっこう女とヌメヌメやってるシーンが多いのに、ギシギシ言ってるだけでぜんぜん少女漫画的にエロくないのも青池作品の特徴のひとつです。

『スター・レッド』(萩尾望都/小学館) 全1巻

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『スター・レッド』(萩尾望都/小学館)より引用

少女漫画の神と言われる萩尾望都先生の、割と初期のSF作品です。

主人公のセイは、ニュー・トーキョーシティで暴走族の番長をしているかっこいい女の子です。バイクを乗り回し、ケンカも上等。男の振りをするのではなく、女として戦う女性は1978年連載当時かなり珍しかったはず。

セイは流刑の星だった火星で生まれた火星人ですが、正体を隠して生きています。いつかは火星へ帰りたいという望郷の念が強く、ようやく帰れたと思ったら火星でもトラブルが続き、流浪を続けることになります。そうして、火星が辿る運命が明かされていくのです。全体的に強者に抑圧される展開が多く、その中でもがくセイたちの姿は、若い人たちの息苦しさによく共鳴するはずです。

「フェミニズムSFの名作を読む」という講座で小谷真理さんが、この作品は「どこからも受け入れてもらえなかった少女が居場所を見つける物語」とおっしゃっていて、私がこの物語に心揺り動かされる理由がわかりました。

セイだけではなく、彼女を導くエルグの気の遠くなるような孤独にも自分を投影しちゃいます。地球から火星へ、そして銀河へと旅を続けるので、冒険譚としても楽しめるでしょう。火星の衛星や地理に詳しくなれます

『7SEEDS』(田村由美/小学館) 全36巻

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『7SEEDS』(田村由美/小学館)より引用

田村由美先生の作品ならまあなんでもいいんですが、なにしろ文明の滅びた世界でサバイバルする話なんで、最も冒険色が強い作品です。

隕石が地球に落ちることを予測した人類は、いくつかの方法で人類を生きながらえさせる方法を模索します。そのひとつが、17〜18歳の子どもたちを5つのグループに分けてコールドスリープさせ、天候が安定した頃に目覚めさせようというもの。なにも知らない彼らは、訳もわからず目覚めた途端に大冒険させられるんです。

けっこう生死に関わるサバイバルを繰り返すのでヒリヒリします。生き残るためのエリート教育を受けたチームもあれば、不良やピアニスト、いじめられっこまで面子はさまざま。誰が、どういう形で状況に適応していくのか、プライドとコンプレックスの争いも見どころです。

エリート教育シーンは壮絶で、どこか『二月の勝者』の受験戦争を彷彿させます。それにしても田村先生のサバイバル知識の豊富なことよ!

田村由美先生といえば2022年1月にドラマ化される『ミステリと言う勿れ』はまったく毛色の違う作品ですが、こちらもおすすめです。コミュ障気味の青年が体制に対して投げかける疑問には、いつもハッとさせられます。哲学の入門書としてもよさそう。

『河よりも長くゆるやかに』(吉田秋生/小学館) 全2巻

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『河よりも長くゆるやかに』(吉田秋生/小学館)より引用

通常、男性に勧めたい少女漫画といえば、まっさきに『BANANA FISH』があげられるのですが、同じ吉田秋生(よしだあきみ)作品ですがあえてこっち。まず絵柄がもう少女漫画っぽくないので取っつきやすそうです。

米軍基地と寄りそう横須賀が舞台の、アホな男子高校生たちの物語です。「ああ、男の子って少女漫画のヒーローみたいじゃないんだな」ってこれ読んで思いました。幻想がかなりぶっ壊されるというか。ただ、アホなだけじゃなく、個人で抱えているものも大きくて、それが少しずつ明かされていきます

吉田作品も全体的に少女漫画慣れしていない人におすすめです。大きな組織とのバトルアクションなら『BANANA FISH』や『YASHA-夜叉-』。男性社会に女子高生が頭脳と美貌で復讐していくのが『吉祥天女』。

ポッキー三姉妹みたいな映画になった『海街Diary』は、鎌倉を舞台にした物語。連載第1話をバイト中に読んで爆泣きしました。『バガボンド』の2巻巻末でいつも号泣しちゃうんですが、同じツボを押されるんですよね。周囲の不理解のなか、理解し受け入れてくれる人の登場はどれほど救いになるか

カリフォルニア物語』は、エリートな父と兄へ反発し、ニューヨークで底辺なその日暮らしをしながらあがく青年ヒースの物語です。ドラッグの描写がやけに生々しい。私は姉に対する激しいコンプレックスを抱いて育ったので、ヒースと兄の関係にはグラグラきました。

また『河よりも長くゆるやかに』が男子高校生の生態を暴く物語なら、女子高生の葛藤を描いた作品が『櫻の園』です。80年代の作品ではあるけれど、思春期の女の子たちがどんな思いを抱いているのか、ギッシリ描かれています。セットで読むとよい対比になりそう。

『負の暗示』(山岸凉子/秋田文庫) 短編

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『負の暗示』(山岸凉子)より引用

派手さには欠けるので、少し難易度は高めかもしれません。とにかく山岸作品を紹介したくて。フィクションではありますが、主人公が津山三十人殺しに至った経緯が語られます

なぜ彼は、一晩で集落の大半の人びとを殺したのか。山岸凉子先生に人のねじ曲がった心理を描かせたら右に出る者はいません。この作品を読み頭がいっぱいになって松本清張版を読みましたが、そこまで感慨深くなかった。

東電OL殺人事件を描いた「グロテスク」(桐野夏生)が、女の置かれていた社会と自己の性と価値との葛藤を描いて、多くの女性に「これは私だ」と思わせたのを思い出します(この事件について男性が描いた解説本を読みましたが、これまた「何言ってんのお前?」って感じでした)。

『負の暗示(※)』が男性の生きづらさを描いたものなら、女性の生きづらさを描いた恐ろしい作品が『天人唐草』です。家父長制度の下敷きになり、行き場を失っていく主人公の姿に身に覚えがある女性は多いでしょう。ぜひ両方読んでバランスとっていただけると。

※『負の暗示』は『天人唐草 (山岸凉子スペシャルセレクション)』に収録されている作品です。

『半神』(萩尾望都/小学館) 短編

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『半神』(萩尾望都/小学館)より引用

萩尾作品ふたつめになっちゃいますが、短編の最高傑作と言われているので、ご紹介します。たった16ページですが、漫画の可能性を感じます。これはもう文学作品です。

主人公ユージーは、一卵性双生児のユーシーと腰のあたりでくっついていて離れられません。そしてユーシーに対する周囲の賛辞を聞きながら、彼女の世話をしなければならず、しかも自分が醜いのは妹のせいなのです。妹を殺したいと思うほど絶望しています。

萩尾先生は家族との葛藤を描くお話をいくつも描いています。家族は本来、いちばん自分を理解してほしい関係ではないでしょうか。それが叶わない苦しさは自己肯定感とも大きく関わっていきます。代表的な作品が『イグアナの娘』ですね。

少女漫画をバカにする人たち、お前らは『半神』を読んだのか!? と猫パンチで暴れたいです。

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※元ソニーの盛田正明氏、茶道裏千家前お家元千宗室氏、ボクシング山根明氏、テニス選手宮城淳氏ほか、総勢18名から、戦争と戦後の復興体験を聞きました。戦争を知らない方たちにぜひ読んで欲しい一冊です。


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