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たびの記録@函館編#1 土方歳三最期の地碑

さて、11/21、22の札幌でのGLAYライブ参戦が終わりましたので、今回の旅の第二の目的、函館編11/23、24です。札幌から函館への移動は、JRの特急北斗ではるばる移動。朝っぱらから移動したので、3時間50分ほどの旅となります。

ひたすら海沿いで、曇りだったのが悔やまれますが、外を眺めれば海が見えてなかなか楽しい電車の旅でした。晴れだったらまた違った景色が見れたんだろうなぁとか思いつつ、これはこれで荒ぶってる海もいい。

ちなみに旅のお供の本はこちらの2冊でした。
家にずっと積読となって眠っていたのでこれを機に。(新選組関連の本ではないのね、という感じですが、敢えて外してみた次第)谷崎潤一郎好きなんです。津軽は東北に旅行くわけでもないのになんで、って感じですが、薄くて予備の2冊目として持ち歩くにはちょうどよかった、それだけの理由です。

谷崎潤一郎「痴人の愛」と太宰治「津軽」

そしてついに函館駅に到着!
くもりというか限りなく雨に近いけれど、函館楽しみ尽くしたい!!!!!

函館駅!到着!
札幌から函館まで乗ってきたJR北斗号🚆

というわけで、土方歳三が最後まで戦った函館の地。足を踏み入れることに感慨深さしか感じないです。前に来た時は思い入れの深さが違う!!!ちなみに函館は前日にいったGLAYの皆さんの出身地でもあるので、こっちはこっちで思い入れがあるっちゃーあるので函館、推し多すぎだわぁ〜(推し…?)

土方歳三最期の地碑

まず函館駅から向かうは、徒歩で行ける土方歳三最期の地碑の建つ、一本木関門。

雨も降り始めるし、ここに歩いてくる間も観光客らしき人はいないしちょっと不安になるなどしたけど、来たよーーー!!!到着してみても誰もいないし、写真ぱしゃぱしゃ撮ってたら、ひとり男性のかたが来ただけでした。結構ひっそりと建ってました。
ここは、土方さんが箱館戦争の末期、銃弾に倒れたとされる一本木関門跡の地碑となります。

場所に近づくと、こんな感じで案内が。
案内の標札が五稜郭の形になっているー!

道中にある「土方歳三最期の地碑」の案内標札
ドキドキしながら公園内に……誰もいない。
こちらが一本木関門を似せて作ったらしい木の関門。
土方歳三最期の地碑

土方さんお疲れ様です、こんにちは……令和の時代にあなたに魅せられ遥々来ました。ってことでご挨拶をば。写真もあるしお花もきちんと綺麗に供えられておりました。わたしが行った時には誰もいなかったのに、こんなにお花が揃っているってことは誰かがいつもお花を供えているってことよね……。
しばし想いを馳せる等。

案内もあったよ

あと、この周辺には他にも箱館戦争に関わる案内がありました。

我らがToshizo Hijikata!!!!!! 1835-1869
新聞調で書かれた土方歳三戦死を告げる記事
Last SAMURAIの記事。ふむふむ……

いろいろな想いを抱きつつ、この最期の地を立ち去るのでした。

えっ……
長いよ長い!ってことで函館編で1本で終わるかと思いきや、全然終わる気配もないので、一旦ここで区切ります!全然書き終わらなくて自分で一番びっくりしている!まとめる力が欲しいけど、想いを馳せすぎて、この時の感想を残しておきたくて、全然まとめられる気がしない!

次回は五稜郭タワーと五稜郭跡と箱館奉行所など!

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