7.おばけのゴースティ
おばけのゴースティ、ほとんど透明。
誰からも見えません。
街はずれの防風林の、ずっと向こうの森の中、猟師番小屋に住んでいます。
いつからか使われなくなった建物なので、誰もゴースティが住んでいることを知りません。
家には机があってイスがあって、暖炉と小さなベッド。とにかく必要なものは、多少古くはありますが、きちんと全部そろっています。とっても快適。
ひとりぼっちではあるけれど、庭には時々、ちょうちょだって訪れますしね。
ある日、ゴースティの家の前に、みかんが落ちていました。
坂の上の街道を、誰か通って行ったのでしょう。
ゴースティはみかんを見るのが初めて。拾って、よく確かめました。
みかんは小さくて、まんまるよりもちょっと平べったくて、大体橙色ですが、へたの横がちょっとだけ緑色でした。
なんせゴースティは透明ですから、持ち上げていても上から下から、どの部分もよく見えるのです。便利なゴースティ。
そっと、匂いを嗅いでみました。
オレンジみたいな匂いがします。擦ると、香りが強く立つようです。ゴースティは感心しました。
あまりにいじくりまわしたせいでしょうか。へたがぽろっと落ちてしまいました。
ゴースティは大慌て。急いで拾って戻しましたが、くっつくはずなどありません。穴の中にはぷつぷつしたものが見えますが、へたと噛み合うものではないようです。ゴースティはヘタを戻すのを諦めました。
おやおや?
あんまりみかんに触っていたためでしょうか。ゴースティの手はみかん色に染まってしまいました。匂いもなんだか、さわやかです。
このままみかんになってしまうのかも。
ゴースティは大慌て。
幸い、手を洗ったら、色は大方落ちました。
自分がみかんになってしまう前に、ゴースティはみかんを、持ち主に返しに行こうと思いました。
でも、おばけのゴースティは誰からも見えません。
なんせ、ほとんど透明なのです。ゴースティがみかんを持っていっても、見えるのは宙に浮いたみかんだけ。きっと、街のひとたちはびっくりしてしまいます。
ゴースティは考えました。
シーツを一枚、犠牲にすることにしました。
目のために、穴をふたつあけました。これで前が、見えるようになりました。
それから、口の穴を開けようとしました。
でも、その必要がないことに気が付いたので、切れ目だけで、穴をあけることはしませんでした。
シーツを被り、ブーツを履くとゴースティは、形が見えるようになりました。よくやったね、ゴースティ。
それからゴースティはみかんをもって、街道をずっと、街まで歩いて行きました。
幸い、お天気は上々です。ちょっと気温は低めですが、ゴースティは気にしません。おばけに寒さは、関係ありませんからね。
森を越えて林を越えて、休まず歩き続けたら、ゴースティは街の端っこの、学校に辿り着きました。
ちょうどお昼休みの時間です。たくさんの子どもたちが、中庭で遊んでいました。
ゴースティは駆け寄って、「こんにちは」と言いました。
でも「これは誰かのみかんですか」と質問する前に、子どもたちはおばけをみて、叫び声を上げました。ゴースティが近寄ると、走って逃げます。これには大変困りました。なんせ、誰も話を聞いてくれないのです。
ゴースティは右に左に、誰彼問わず、話しかけてみるのですが、なかなかうまくいきません。
ある男の子が躓いて、地面に倒れました。
ゴースティが手を差し伸べると、ひときわ素っ頓狂な声を上げ、ゴースティのみかんをひっつかむと、思いっきりおばけに向かって、それを投げつけたのです。
ゴースティは、投げられてしまったみかんを、拾いにいきました。振り向いた時には、子どもたちの姿は、校庭からすっかり消えてなくなってしまいました。
ゴースティは、森に帰ることにしました。
街はずれの防風林の、ずっと向こうの森の中、猟師番小屋に戻ったときには、もう夕方になっていました。ゴースティは机の上にみかんを置いて、ベッドに潜り込みました。
それから、今日あったことを考えました。
すると、みかんの匂いがします。
小さな小屋のことですから、小さな果実がひとつ、あっただけで、室内はみかんの匂いに包まれています。ろうそくのオレンジ色の明かりと相まって、なんだかみかんの中にいるみたい。
もしかしたら、お家はこのまま、みかんになってしまうのかも。
ゴースティはそう思いましたが、でも、それはそんなに悪いことではないように思えたので、目をつぶってそのまま寝ました。
おしまい。