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「恒大ショック」到来? アジアの金融セーフティネットは万全か

ここ最近「恒大ショック」という言葉がニュースを賑わせています。中国の不動産大手「中国恒大集団」が債務不履行(デフォルト)に陥るのではないかという懸念から、世界の金融市場が一時動揺しました。

アジア発の金融危機というと、1997年のタイバーツ暴落に端を発したアジア通過危機が思い出されます。今回、大きな金融危機に発展すれば、それ以来の事態になりかねないのですが、ここ20数年でアジアの金融セーフティーネットが少しずつ発展してきたのも事実です。

アジア通貨危機の時には、短期資金を提供する国際通貨基金(IMF)が活躍しました。当時、IMFはアジア諸国を救済するための前提として、厳しい構造改革を要求。後にIMF自身が認めたように、これらのプログラムのせいでインドネシア、韓国、タイなどの経済状況が悪化しました。

そうした苦々しい記憶をもとに、アジア各国は「第一の防波堤」である外貨準備を積み立て、「第二の防波堤」ともいえる二カ国間スワップ協定を次々に締結し、さらには「第三の防波堤」といってよい地域金融協力を進めてきました。

リーマンショック(2008年)や欧州債務危機(2010年)でアジア経済がなんとか「軽傷」で済んだのもこうした努力が大きかったといえます。

あまり注目を集めませんでしたが、このうち、アジアの地域金融協力が今年3月にさらに一歩前進しました。

ASEAN+日中韓は多国間通貨スワップ協定であるCMIM(チェンマイ・イニシアティブ) をこれまでに2400億ドルにまで拡大させていましたが、今回、そのうちIMFのプログラムなしで借りられる分を示す「IMFデリンク部分」が30%から40%まで引き上げられました。簡単に言ってしまえば、2400億ドル×0.4=960億ドルまではアジア単独で資金提供できるということですね。

ここ数年、日本はこの引き上げを推進していたのですが、中国は慎重な姿勢を崩していませんでした。それが一転し、去年秋のASEAN+日中韓会合で妥結に至りました。

少し前に、国際金融の専門家である河合正弘・東大名誉教授にその背景をうかがったところ、中国は2015年から2016年にかけて起きた急激な資本流出により、1兆ドル相当の外貨準備が消失したことで、中国が警戒するようになったとの説明がありました。

つまり、問題を抱えた国に支払いを行った後でデフォルトが発生し、自国の外貨準備が減少することを中国は恐れていたのです。この中国の姿勢の転換は、国際金融面での制約がここ数年でいくぶん改善したとこを示しています。

中国が積極姿勢に転じたもう一つの要素として、今回の30%→40%の改定に付随して、「メンバー国の貸し手と借り手が合意すれば、ドル以外の現地通貨を使ってもいい」という取り決めをしたことが挙げられます。パッケージ合意です。

一方、ASEAN+日中韓の金融サベーランスを行う実働部隊であるAMRO(10年前にシンガポールに設立された国際機関)のキャパシティも逐次強化されています。

AMROが有するエコノミストは今後数年で120人ほどに達する見込みで、これはIMFのアジア担当エコノミストとほぼ同数になります。

すでに、AMROとCMIMの組み合わせは、日本がアジア金融危機当時に提唱したものの米国の反対や中国の消極姿勢で実現しなかった「アジア通貨基金」に事実上近づいているという評価があります。

次に金融危機がアジアを襲うとき、間違いなく上記の地域金融セーフティネットがスムーズに発動されるのかどうかが一つの焦点になるはずです。

「恒大ショック」がどれほど重大な事態を招くのか現時点では不透明ですが、中国政府が同社のデフォルトを許すのかどうかという点以外にも、こうした地域的な取り組みがどこまでアップデートされているのか、頭の隅に置いておくといいかもしれません。


※ この件についてもっと知りたいという方のため、私が以前に書いた関連記事のリンクを貼っておきます。

「アジア通貨基金」構想復活?CMIとAMROがアジアの危機を救うか https://www.sbbit.jp/article/cont1/35544

Is Asia prepared for the bust?
https://asia.nikkei.com/Economy/Is-Asia-prepared-for-the-bust

America first and China vs Japan: Is Asia ready for next financial crisis?
https://www.scmp.com/week-asia/business/article/2111414/america-first-and-china-vs-japan-asia-ready-next-financial-crisis


※写真は2018年でマニラで開かれたASEAN+3(日中韓)財務大臣・中央銀行総裁会議に出席する中国代表団(筆者撮影)。

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