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私はこれからどこで服を買うのか


ご無沙汰しております。


阿部美希です。

2022年がそこに居ることを感じつつ、
今、ここで文章に起こすことが
最善か分かりませんが、
ただの個人の気持ちの連なりと思って
読んでいただければと思います。


2019年。

世界は今よりも少しだけ健康で明るく見えたような気がします。

それは、もちろん、2020年から始まった
忌まわしい時代の流れがあったから。

これまで人々が振り返ってきた時間には無かった
それぞれの心に棲み続けてしまう存在が
人との距離を遠ざけてきたから。


私もまたそのひとり。

ぽつん、とこの約2年間を過ごしていました。


ただ、まだ振り返るには荷が重過ぎて、
心も体も苦しくなり、
悪夢に襲われてしまうことがあります。

日常が奪われてしまったから。

私は、この2年間、元気ではありませんでした。


何をするのにも大きな努力が必要で
命を失うような想いをしてきました。

乏しい体力で、自分のことを奮い立たせてきました。


そして、戦いながら今思うことがあります。


自分は人生の主人であるということ。

生きることになんらかの使命を感じること。

生き直しを図る私と衣服とのその後について
書き記したいと思います。


1.服との再会


先日、引っ越しをし、衣服を整理し直しました。

まったく袖を通さなかった2年間に置き去りにされて冷たくなっていた服を見つめて、触れて、その服と経験してきた思い出たちを頭の中で巡りました。


写真を見返すよりも触れてみた方が何よりも
温かかった。

温かいというのは、きっと、
手で触れた温度よりも、心で感じたこれまでの
服への自分の思いだと気付き、
ざっと、40枚はあるワンピースたちを
眺めました。


ワンピースは、私のワードローブの8割。

その8割のワンピースたちは、
かつての住居のウォークインクローゼットで
肩身狭そうに仕舞われていました。

特にこの2年間は、一度も外に出ることがなかった服たちもたくさんありました。


私は、その服たちと、また出会い直しました。

自分が生まれ変わったような気持ちだからこそ
出会い直せたのかもしれない。

でも、そこには、また新しい気持ちでこれまで着た
服を手に取り、
全てもう一度着たいと思う自分が居たのです。

2.時間を待っていた衣服たち

お直しも途中でクリーニングにも出せず
ただ仕舞われていた衣服たち。

申し訳ないという気持ち以外には浮かばず、
また着たいけれど果たして以前までと同じような
気持ちで着られるものか、と怖くなり。

袖を通さなかった期間はまるで
人とコミュニケーションを断たなければならなかった
この2年間を思い出すかのようでした。

ごめんね。
と思いながら、袖を通すと、
たしかに、以前までとは何か違いました。
でもその何かは、体型や年齢という普遍的な経年変化に
よるものだけじゃない。


そう思いながら、
何度か、家の中で着ることを試しました。


数回着てみると、
自然と馴染んできたなと思う瞬間があり、
それは、私から寄り添って生まれた調和ではなく
衣服が迎えてくれた調和だと感じました。

私という変化に対応し、
衣服は待ってくれていた。

また外へ出て新しい経験や時代を布に刻むその時を
待ってくれていた、と思いました。

3.忘れ得ぬ決別とその後

思い返せば、ずっと服が好きで
好きな服を着られなかった時間も暇さえあれば
好きなブランドの衣服をSNSで眺めて
保存する日々でした。

そんな折、突然のお別れがやってきました。

とあるブランドとのお別れをひっそり終えていました。

名前は「LEBECCA boutique」。

レベッカブティック と読みます。


そのブランドの衣服は、
私が社会人になって初めて自分の稼いだお金で買った
衣服でした。

それは、ワンピース。

ワンピースがとても得意なお店で、
私のワードローブの8割のワンピースは
レベッカのものです。

原宿に店舗を構えており、
仙台に住む私は、閉店までに数回しか足を運べませんでした。


今となっては珍しくないかもしれないけれど
その当時は、ほかにこのようなブランドはありません
でした。


そのブランドの衣服たちにはすべて
名前とその名前の元になる背景がついていたから。

LEBECCA boutiqueは、
私の過去の活動にも深く関わったブランドのため、
知りたい方は過去の記事をお読みください。

ここにはあえて、深くは書き記しません。

そのブランドのおかげで、
私は「衣服に意味があること」を知り、
誰かの手によって作られた衣服が当たり前に
愛情を受けて売られているわけではないことを知りました。

2021年に発表された突然の閉店に
私は体と心を震わせて確かに泣いたはずでしたが
その頃の記憶は今はもう曖昧で、
残念ながらお店のSNSも閉じてしまったため、
一つひとつを思い出す機会も減ってきました。

自分が選び、衣服にも選ばれた気がして
身に付けていたそれぞれは、
確実に私の手元に残っているのだけど
記憶は、薄れつつあり
閉店間近の気持ちをnoteに記したかったけど
もうその時の気持ちの自分はここには居ません。

残念だけど、
「なくなってしまった」ことは
取り戻せないだけでなく
「なくなってしまった」ことから逃げることもできず
ただそこには事実が横たわるだけでした。

だからこそ、
今は逃げないという選択を取り、
そこから生まれる何かを見つめなおして
手元に残る衣服たちと共に今後の私の回復と
やってみたいことを再び経験しながら
生き直してみようかと思い始めました。

4.私はこれからどこで服を買うのか

さて、再び外出するようになり気持ちが外へ向いてみるとまるで違う世界を歩いているかのような気持ちなのです。

それは、もちろん、私の時が止まっていただけで
周りの世界は止まらずに動き続けていたから
でしょうけど、それでもやはり
私には、浦島太郎状態。

様々な場所を巡り、目を閉じればたくさんの衣服を着ては脱いで、いろんな人といろんな話をしてきたつもりでしたが、それは、頭の中のこと。


ここからまた歩き出さなきゃない私にとって、
衣服との再会、そして、新しい出会いは
どこへ求めていくべきかという問題に直面するのです。


ずっと長い間側に居た伴侶とお別れをした時のように
ワードローブを埋めてきたブランドから衣服を買うことができないことは、ぽっかり穴が空いた現象でした。

ただ、逃げずに向き合うとするならば、
やはり、私にとっては
「今持っている衣服を大切にすること」
これしかありません。


今後、素敵な服に出逢ったら、私は
買うことができるのでしょうか。

失恋した時の想いと同じなので、
それは、難しいと言えます。

私にとって、衣服を買うことは容易なことではなくなってしまったからです。

思考のパターンですら、衣服によって変化してきた私。

焦らず、それでもいいか、いつか出会うか、と今の自分を受け入れようと思える言葉が2つ、心に残っています。


「お買い物はブランドへの投票」
「衣服は内面の一番外側の部分」

この2つの言葉は、LEBECCA boutiqueの元ブランドディレクターの方がお話されていた言葉。


買い物をすることに対する価値観はそれぞれありますが、ブランドは、顧客様が居なければ運営できないからこそ、買う側には大きな権利があるということを
実感します。

買うという行為は、何も思わなくてもできますが、
ブランドにとっては大きな支援となり、そして
全てであるということ。

なので、責任を持つ必要もあるということです。

だからこそ、私は、納得感を大切にしたい。

自分が納得した衣服と出会えた時にだけ
そのブランドへ投票できたらなと思うのです。


そして、そんな納得感を味わう醍醐味こそ、
ファッションの楽しさかな、と思います。

自分が納得したものを身に付けた時、
衣服が内面を物語ってくれる。

衣服と意思が一体化することこそが私のファッションだと思えるのです。

今は、買うことそのものよりも、在る物を見つめ返して衣服に恩返ししていきたい。
そんな想いです。

5.これからの活動について

今後、私がしていきたい活動は、
様々あります。

ここで詳細を明記したいのですが、
今はあえてふつふつと自分の中に煮えたぎらせていたいような時間を生きています。


一つこぼしたら、全て溢れ出してしまいそうな気もするので。


ただ、大きくは以前までと変わりません。


◎仙台の地からファッションと環境を変えていきたい。

◎ものづくりをされる人の想いを伝えていきたい。

◎生活に寄り添うモノが環境に配慮されたモノであってほしい。その関係に携わりたい。

◎人とモノを繋ぐシステムを作りたい。

◎日常の暮らしの中での環境に対する疑問や価値観をフラットに話すコミュニティを作りたい。

◎体験=価値になるような取り組みをしたい。

そんなところです。

どこから着手しなければならないか、の順番はあまり気にしなくていいのかなと思っています。


同時進行で進めてもどれもが一つになれるようなことだと思っています。

今後、私と関わってくださる方、皆様、どうかお手柔らかに見守ってくださると嬉しいです。

そして、お言葉をいただけたら、もっと嬉しいです。

久しぶりの雑多な長文失礼致しました。

阿部美希


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