広がれ、デザイン。 #勝てるデザイン 「はじめに」を全文公開
デザインの本を出版したい。
3年前までは、ひとつも伝えたいことなんかなかったのに。
2019年12月に企画noteに書き始め、2020年2月にnoteを書ききった。これが本書『勝てるデザイン』のはじめにの原型になった。
当初の企画は「誰も書かないデザインの話」だった。それは僕自身読みたいデザインの本だったし、任天堂を退社後、思想の発信を続けることでデザインの仕事につながっていった。さらにそれが、デザインをがんばっている人の支えになっていることに気づいた。
・自分の思想を発信し共感してくれる人と仕事がしたい
・デザインをがんばっている人へ
だから、この2つが目的だった。この時は著者として僕の我が強すぎた。編集・片野さん(幻冬舎)、編集協力・浜田さん(NASU)により、アップデートされた。
一言でいうと、「広がれ、デザイン」だ。
本書の源流は「前田さんがやっていることはいろんな仕事に通じる」と言ってくれたのは編集協力・浜田さんからだ。僕自身が彼女にとっての初めてのデザイナーだった。
20年間、現場で一流を目指しもがきあがいてきたデザイナーが20代、30代へ向けたデザイナーの指南書です。デザイナーに向けた本だからこそ、職業がデザイナーじゃない人にも広がっていっていって欲しい。デザイナーはこんなことをやっているんだと知って欲しい。
デザインに関わらないビジネスパーソンはほどんどいない。だから、デザイナーはデザインを特別なものにすべきではないと僕は思います。
本書の出版を期に、前田高志が「誰かにとっての初めてのデザイナーになる」と決めた。
広がれ、デザイン。
この活動は今日からスタートします。
まずは本書「はじめに」を全文公開。
読んでみてください。
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書籍「勝てるデザイン」 はじめに
「こんな貴重なノウハウ、タダで出していいんですか!?」
2016年、2月1日。僕は15年勤めた任天堂を退社し、「NASU」という屋号でフリーランス活動を開始しました。その頃会う人に、よくこんな言葉をかけられていました。今でこそたくさん増えてきましたが、当時、WEB上でデザインのプロセスを無料で発信していたプロは、僕くらいだったからです。代表的なものがブログで書いた「ロゴの作り方」です。
これには普段はクライアントにも見せない思考の流れや技術まで書きました。たとえるなら、野球選手が特定のバッターに対する投球の意図、そのための練習方法、握りのコツ、サインまでテレビで言ってしまうようなものではないでしょうか。デザイン学校でお金を出して習ったり、デザイン事務所で下積みしながら学ぶものをWEBで公開してしまうのだから、僕のお客さんも驚いていました。
僕は独立したとはいえ、人脈もコネも、ほぼありませんでした。独立スタート時はポツポツと仕事をいただけていたものの、ずっと仕事が続くか不安でたまらなかったのです。そこで、WEBですべてを情報発信することにしました。
知人の一回り年下の起業家たちがSNSを活用していました。彼らはなんでもさらけ出していました。それを見ていると、「彼らはなんでも知っているんじゃない か」と思えてきました。これだ! と思い、彼らを片っ端から真似してみました。 プライドなどかなぐり捨てて、とにかく必死にやりました。デザインの技術、考え方はもちろん、プライベートなこと――例えば転職活動に失敗して挫折したこと――など、すべてをさらけ出しました。かっこよく戦略的にやったわけではなく、それしかなかったというのが正直なところです。
すると、それらの記事を読んだ人から「デザインするのにこんなに考えてくれるだなんて。ぜひ一緒に仕事がしたい」と連絡が来るようになったのです。
デザイナーは、本質的には孤独な生き物です。しかし、仲間は必要です。デザインは一人ではできません。クライアント、印刷会社、そしてまた彼ら彼女らとは「価値観でつながっている」仲間でなくてはなりません。
僕にとって、その仲間探しの最適解が、WEBでの情報発信でした。やがてこの「仲間探し」は、2018年に始めたオンラインコミュニティ「前田デザイン室」の活動に結実します ―― 。
2019年のある日。note に投稿した「それは、デザイン案ではない。」という記事がバズりました。若い人のデザインの提案の仕方についてずっとモヤモヤしていたことをそのまま書きました。記事は瞬く間に拡散され、ページビューは5万を超え、今も増え続けています。
「本質的かつ実践的で、かなり参考になりました」「依頼する側としても学びが多くておすすめの記事」嬉しい感想も相次ぎましたが、僕は驚きました。なんでこんな当たり前のことがバズるんだろう……?
考えた結果、一つの答えに行き着きました。「他に誰も書いていないから」です。振り返ってみると、「ロゴの作り方」もその他の記事も、僕が今まで書いたり語ったりしてきたことは、意外と誰も書いていないことが多かったのです。
「興味を奪うデザイナー」「デッサンが優秀なクリエイターを育てる」「良いクリエイティブを作る方法」等……。僕が“鬼”のようにデザインのフィードバックをした様子を書いた記事も、前田デザイン室で作った『NASU本』という茄子の形をした本も、意外と誰もやっていないことでした。
そのことに気づいたのは『NASU本』が、青山ブックセンター本店店長の山下さんにも、世界のグラフィックデザイン誌『アイデア』にも、「他にこんな本はない」と高評価をいただいたからでした。
書店でデザインの棚に行ってみてください。原研哉さんや佐藤可士和さんや水野学さんのデザイン哲学書、デザイン専門出版社がまとめた実例集やハウトゥ本がぎっちり並んでいます。僕もすごくお世話になりました。
しかし、悩み苦しんだ時にどうすればよいのかがわかる「中間の本」は、ありません。
あぁ、そういうことかと何かが頭の中で弾けました。僕が書くべき本がある。現在進行形で思い悩んでいるデザイナーは、まだ答えを持っていないか躊躇しているのかもしれない。そしてトップデザイナーたちは当たり前のようにできているから言語化しないのでしょう。僕自身も「それ、間違ってますよ」って鼻で笑われるかもしれないという気持ちと常に隣り合わせだけれど、覚悟を決めて書くようになりました。
僕は著名なデザイナーではありません。「中途半端な実績と中途半端な経歴」という言葉をWEBで投げられたこともあります。そうです。その通り。凡才なのです。でも、だからこそ書けることがある。伝えられることがある。
僕は高校生の頃「人生で何かを極めて死のう」と思いました。そして美大に入って「一流のデザイナーになる」と決めました。でも同期たちを見てすぐに打ちひしがれました。まさに天才。対して、凡庸で、センスもない、その筆頭が僕でしたから。だから必死でした。
浪人時代は、講師に何度も押しかけては納得がいくまで質問を繰り返し、課題も人の倍の量をこなすことで苦手なものも克服しました。大阪芸大に入ってからは研究室に入り浸り、教授とよく話し込んでは、技術でも姿勢でも盗めるものはすべて盗もうとしました。任天堂に入ってからも誰よりも量と質をこなしたと公言できるくらいやり、デザインの本を買い漁り読みふけったり、週末はデザインの有料セミナーに参加したり、とにかくデザインを極めたくて、必死でした。
ただその分、回り道も多かったように思います。
気づけば、仕事をひっきりなしにいただけるようになりました。様々なクライアントさんが笑顔になってくれました。楽しく面白く、仲間たちとデザインができています。一流のデザイナーが何かはわかりません。これからも問い続けるでしょう。でも一つだけ言えるのは、僕は今デザイナーとして幸せだということです。それを本書ではあえて強めに「勝てる」と表現しました。
「勝てるデザイン」は、クライアントを笑顔にします。明るい未来をイメージできたり、社員のモチベーションを上げ、アイデアが自然と広がるワクワク感を提供できます。デザインを受け取ったたくさんの人の心を動かす旗印になります。何より、自分が「おもろ! たのし! いいな!」と思えます。
それが結果として、売り上げ、集客、採用、受注など、数字につながっていく。
「心」なんて曖昧な! と言う人もいるでしょう。しかし、良いデザインは誰が見ても良いものです。例えば、Apple 製品のデザインってだいたいの人が良いって言うじゃないですか。フェラーリは誰が見てもかっこいいって言うでしょう。ルイ・ヴィトンのバッグは誰が見ても美しく品質がいいと感じるでしょう。
それぐらいハッキリしたものです。プレゼンで勝てない、デザインで結果が変わらない、というのはデザインで心が動いていないからじゃないでしょうか。その勝率を上げるのがプロのデザイナーです。
さて。とはいえ「勝てるデザイン」という言葉は抽象度が高く、いまいちわからないと思いますので、ここからは本書の紹介を兼ね、いきなり具体的な「勝てるデザイン」の真髄について書いてみることにしましょう。
まず、僕が考える「勝てる」の対象はこれらです。
・クライアント が勝てる(デザインが必要なビジネスパーソン向け)
・ライバルデザイナー に勝てる(伸び悩んでいるデザイナー向け、これからのクリエイターの生き方)
・美大コンプレックス に勝てる(キャリアに不安なデザイナー向け)
勝つことで自分の心に打ち勝ち、いいデザインをすることで、社内外含め周りの人を笑顔にする。これが勝てるデザインです。では、どうすれば勝てるデザインができるのか?この本にちりばめている考え方や技などは、まとめると次の5つになります。
(1)一撃でわかるデザイン
わかりやすいデザインであること。
たくさんの情報量を一撃で伝えられていること。ここで言う情報量とは、たんにテキストの情報だけではなく、雰囲気や感じも含めての情報量です。僕はこのことを「情報バズーカ」と呼んでいます。デザインは伝えたいことを一瞬で伝える情報バズーカでないといけません。いくらかっこよくても、結局何を伝えたいのかが伝わらないものは勝てるデザインではないのです。一撃で伝えるデザインにするためには、ただなんとなく作るのではなく、狙いを定め目的を持ったデザインをすることが必要です。デザインする段階で、プレゼンができるくらい深く考える。思考量はデザインの質に必ず比例します。深く考えぬき、狙いを持ったデザインが情報バズーカなのです。項目 P188~を参照してください。
(2)ポリシーがあるデザイン
企画内容やデザインの世界観など、大事にすることを明確にし、それを徹底して守り抜いているか。
そういった大事なもののことをこの本では、「コンセプト」あるいは「印ろう」と呼んで説明しています。また、コンセプトを決めるアートディレクターの役割についても書いています。「印ろう」と照らし合わせて、矛盾やズレがないかチェックしてみましょう。項目 P205~、項目 P211~を参照してください。
(3)ならではのデザイン
ならではのデザインというのは言い換えると、「主語が変わったら成立しないデザイン」ということです。Aというクライアント向けのデザインは、Aならではのデザインでなくてはならない。他のクライアントBでも成立するものでは、勝てるデザインとは言えません。そのデザイン、他の何かにまるまる転用できたりしませんか?商品から発想したのか、サービスから発想したのか、今一度チェックしてみることも大事です。項目 P148~を参照してください。
(4)興味を奪うデザイン
美しく、かっこいいデザインは人の目を奪います。が、今は良いデザインがたくさんあふれていますから、それだけでは足りません。ポイントは「企画と届け方」です。デザイン自体がいいことはもちろんですが、それだけではなく作ったものを届け、見る人の興味を奪うものが「勝てるデザイン」です。あなたのデザインが、他の良いデザインたちに囲まれたところをイメージしてみてください。埋もれてしまうなら「無視できない何か」を仕込むのです。項目 P280~を参照してください。
(5)捨てられないデザイン
「デザイナーはゴミを作っている」かつて受けたセミナーの中で聞いた言葉です。ショックを受けた僕はデザイナーという仕事に誇りを持てない時期もありました。でも考え直し、だったら捨てられないデザインを作ってやろうと心に決めたのです。捨てられないデザインにするには? それはデザインのクオリティに直結します。たとえチラシであっても、飾っておきたくなるようなクオリティの高いデザインってありますよね。そういうものを目指しましょう。あなたの部屋にそのデザインは飾れますか? Tシャツにして街中を歩けますか? そんなイメージをしてみてください。項目 P121~の中に造形の磨き方について書いています。またそれをおざなりにすると、項目 P134~に書いてあるダサいデザインになりかねません。
以上5つを満たすものが、見る人の心をつかむ「勝てるデザイン」です。
人生は修業の旅です。僕は今、ちょうど旅の折り返し地点でしょうか。ここまで来るのに僕も辛かったから、その旅の地図になるような本が書ければと思いました。本編でも詳しく触れますが、デザインがコモディティ化した現在、グラフィックデザインだけで食べていくことは今後ますます困難になります。だからこそ、ショートカットできるところはショートカットできるようにしてあげたい。そして、今後のグラフィックデザイナーが生き抜くためのヒントになれば嬉しいです。
本書に書いたのは、勝率を上げるための方法です。僕がこれまで本気で一流のデザイナーを目指し、インプットし、任天堂で仕事を実践しながら生まれた「仕事術とデザイン力」のすべて。任天堂を退社後、フリーランスという荒野で、そして起業してから実践した結果のすべて。
デザインの考え方や素敵なアウトプットは、トップクリエイターのデザイン書から学んでください。僕もそうしてきたから。僕が書いたものは、あくまで凡人ならではの等身大で正直でリアルな「デザイン」です。
僕と同じように、孤独に一流を目指してもがいているデザイナーたちへ。少しでも力になれれば嬉しいです。そして一緒にデザインを楽しんでいきましょう。
株式会社NASU代表取締役 前田高志
(カバー写真)Chihiro