もう二度と食べられない「イカの塩辛」
「イカの塩辛」が食べられるようになったのは、酒が飲めるようになって数年経ってからのことだった。
子どもの頃はどうも苦手で、食べようとすら思わない。
婆ちゃんが作ってくれた「イカの塩辛」も、いつもの食べないと断っていた。
いわゆる食わず嫌いってやつだ。
そんな「イカの塩辛」を食べられるようになったのは、父親に連れていってもらった寿司屋がきっかけだった。
お任せで出てきた中に「イカの塩辛」があって、なんとなく食べてみた。
あれ? 思ってたよりっていうか、全然生臭くない。
てか、めっちゃ美味い!
「イカの塩辛」って、こんなに美味かったの?
カルチャーショックという言葉じゃ軽すぎるぐらいの衝撃だった。
それ以来、「イカの塩辛」が俺の酒の肴の定番となったのは言うまでもない。
「イカの塩辛」ってのは本当に優秀でさ。
すぐに出てくるスピードメニューとして頼んでもいいし、腹一杯だけど何かつまみたいってときにもピッタリだ。
「イカの塩辛」ほ、イカの身と内臓を塩漬けにして発酵させたものだから、お酒に合うのは当然。
ビールも日本酒も焼酎も、お酒はどれも発酵して造られている。
同じ発酵食品同士、合わないわけがない。
お盆に家族みんなでお酒を飲んでいたら、父親がふと婆ちゃんが作る「イカの塩辛」について話し始めた。
婆ちゃんってのは、俺の婆ちゃん。
俺の父親からしたら義理の母親になる。
「婆ちゃんの作る塩辛は美味かったなー。色んなお店で食べたけど、婆ちゃんの作る塩辛が一番美味いと思ったな。」
婆ちゃんの「イカの塩辛」。
何度すすめられても一切食べようとしなかった「イカの塩辛」。
あの寿司屋で食べた「イカの塩辛」より美味いってこと?
俺がこれまで酒場で食べ続けてきた「イカの塩辛」よりも美味いんだろうな。
だって俺、今まで食べた中で一番美味い「イカの塩辛」って聞かれてもすぐに答えられないもん。
俺の婆ちゃんは、俺がまだ学生だった頃に死んじゃったから、もう婆ちゃんの作る「イカの塩辛」は食べられない。
あのとき、断らないで食べとけばよかったって心底思う。
そんなこと考えたら食べたくなってきた。
「イカの塩辛」が。
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