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煮込みの中の主役を食う脇役

煮込みは大衆酒場の花形だ。
酒場において、何者にも代えがたい圧倒的な存在。
それが煮込みだ。

名だたる酒場には、それぞれ名物の煮込みがある。
「東京五大煮込み」という言葉を、一度は聞いたことがあるだろう。
太田和彦さんの名著「居酒屋大全」の中で提唱する「岸田屋」「大はし」「山利喜」の3軒を指した「東京三大煮込み」。
そこに酒場好きが称える「宇ち多゛」と「大坂屋」を含めたのが「東京五大煮込み」だ。

「岸田屋」の煮込みは、牛もつを何日も煮込んだ「牛にこみ」。グルメ漫画の金字塔「美味しんぼ」にも登場している。
「大はし」の煮込みは、旨味たっぷりの甘辛い味わいが人気。大きな豆腐の入った「肉豆腐」も魅力的だ。
「山利喜」の煮込みは、色も味わいも濃厚。「ガーリックトースト」を合わせるのが定番の食べ方。
いつも行列の「宇ち多゛」の煮込みはまだ食べたことがないが、やはり絶品だと聞く。
串に刺したもつが、目の前の大鍋で煮込まれている「大坂屋」の煮込みも一度食べたら忘れられない味だ。

煮込まれてるのが牛スジだろうが豚もつだろうが関係ない。どっちも大好きだ。
醤油ベースでも味噌仕立てでも、あっさり塩でもかまわない。
煮込みにはその酒場の正義がある。


ただ、一つだけ願いを聞いてくれるなら、俺は豆腐を入れてほしい。
豆腐が好きなんだ。

そんなに豆腐が好きなら、冷奴でも頼めばいいって?
もちろん頼むさ。
でも、俺は煮込まれた豆腐が大好きなんだ。
牛スジやもつの旨味をたっぷり染み込ませたあの豆腐が。

のっぺらぼうのように見える豆腐だけど、色が変わるほど煮込まれてる豆腐は笑っているように見えるんだ。

変な話だが、そんな豆腐の気持ちが少しわかる気がする。
俺だって煮込まれなくちゃならないときがきたら、大好きな煮込みの汁で煮込まれたい。


煮込みを食べていると、その酒場の歴史とドラマを感じるときがある。
主役はもちろん、開店以来つぎ足しの汁。
準主役は、もつや牛スジで異論はないだろう。W主演といったっていい。
物語の脇を固めるのは、玉子やこんにゃく、人参、大根たち。上に盛られたネギや、振りかけた七味唐辛子だってそうさ。
大きな鍋から器へと舞台を変えた物語に、協力な脇役たちが色を添え、奥行きを与える。
俺はそこに、豆腐も参加させてもらいたい。


脇役といえば世の中には「主役を食う脇役」と呼ばれる俳優たちがいる。
遠藤憲一、松重豊、渡辺いっけい、阿部サダヲ。もっと挙げたいが、本題はそこじゃないので割愛する。
彼らの演技は、時に主役以上の輝きを放つ。まさに「主役を食う演技」だ。

日本の主役クラスの俳優が、ハリウッド映画に脇役として出演する例もある。
映画「ブラックレイン」では、松田優作が主演のマイケル・ダグラスを完全に食う怪演で魅せたのはあまりにも有名だ。


話を豆腐に戻そう。

歴史ある煮込みの汁を一身に纏い、牛スジやもつの旨みも染み渡らせた豆腐は、時に主役であるもつや汁を超える輝きを放つ。
食感なんてない。
噛んでいる感覚さえない。
口の中に入れた瞬間の強烈なインパクトだけを残し、跡形もなく消えていく。
主張しすぎない脇役のごとく。

あれを味わって以降、俺は常に煮込みの中に豆腐を探すようになった。
もしかしたら俺は、煮込みを食いに行っているんじゃない。
煮込みの中の豆腐を食いに行っているのかもしれない。


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