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東京マグニチュード8.0

皆さんお疲れ様です。ARASKAです。

最近地震が多くなってきました。アニメ「東京マグニチュード8.0」を見たのは、大地震が起きて、普通の生活ができなくなった時のために見てみようと思った訳ではなく、見た途端に地震が増えてきたので、自己嫌悪に陥っているところです。

私は作品を見る前にあらすじを見ないタイプの人間なので、全く予想していないストーリーに度肝を抜かれてしまいました。ライフラインが断たれて脅かされるのは、食料の問題もありますが、物理的では無い精神的な方の問題が重篤化しやすいです。

震災の時に避難所で欲しかったものは芸術だったので、被災地に出向いて下さったミュージシャンや俳優さんは、やはり今でもカッコいいと思うし、エグいくらいの影響があるため告知はされなかったのですが、偶然出会ったような感覚になおさら嬉しさを覚えたものです。

そのような救いが、この作品ではアートではなく一人の人物であり、厳つくてカッコいい一児の母でした。

私は走りながら音楽やラジオを聴いていて、たかぶりすぎると飛び跳ねたり奇声を発したりする事があり、人通りのほとんど無いところを選んで走っているから大丈夫だろうと高を括った結果、思わぬところから人が現れて、走り去る私を鑑賞していくのです。鑑賞していただけて光栄なのですが、これはパフォーマンスとしてやっているわけでは無いので、とてもアートとは呼び難いのですが、そんな自由さも含めてそのすれ違った人が私を題材に談笑してくれたら幸せだなとも思うのです。

奇行とは、状況によっては笑っていいものかどうか判断がつきにくい事があり、皆が避難しているような状況で発狂しながらランニングしていたら、お茶の間では辛そうな人がいたと、涙なしでは語れないストーリーを勝手に想像されたりするかもしれません。

精神的な病いはそこが難しく、本人が笑わせようとしている奇行も、可哀想が勝ってしまいます。

それぞれの人にそれぞれの感じ方があって、全員が追い込まれている時、全てをマイナスに捉えてしまう世の中になった時に生きる活力になるのは、現実が全てではなく、妄想などの現実以外の何かにすがっても許されて欲しいと思います。

笑えない冗談をとことんまで落とし込んだ、とても悲しい教訓になる作品でした。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

書くために本を読みます! 本の経済が潤いますように!