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買い物をする警察官

制服での買い物

 コンビニやスーパーなどで買い物をしている制服姿の警察官を見た人が「サボっている」とクレームを入れたという話がある。
 制服姿ということは勤務中であるから、サボっている(勝手に休憩している)と思う人がいても不思議ではない。

 SNSでの反応を見ると、この行為に同意する意見としては「警察官としての緊張感が足りない」、「勝手に休むなんて、もってのほか」、「せめて私服に着替えるべきだ」、「安心して買い物が出来ない」というものが見受けられた。
 同意しない意見としては、「警察官だって喉が渇くし、腹も減る。買い物の何が悪いのか」、「営業の社員だって、途中で買い物ぐらいするだろう」、「『安心して買い物が出来ない』という人は、なぜそう思うのか。やましい気持ちがあるのではないか」などというものがあった。

 この話は数年前から各所で起きている。
 そこで、身近な二店舗のコンビニの様子を紹介することで、私なりの意見とさせてもらいたい。

コンビニの治安度

 身近にあるコンビニで、抜群に治安が良いと思われる店舗がある。
 詳しくは書かないが、私鉄の駅、交番、役場、郵便局、高校、神社、商店街などがすぐ近くにある。
 建てられた当初は、ドアの付近に座り込む人たちや、駐車場に勝手に駐車する車もあり、駐車所にゴミが散乱していることもあった。しかし、今はほとんど見受けられない。こちらを「コンビニA」とする。
 一方、コンビニAよりも20年以上も前に建てられ、10年ほどまでに改築して店舗も駐車場も新しくなったコンビニがある。コンビニAから徒歩で10分程離れており、さきほどの施設などからも当然離れている。こちらを「コンビニB」とする。

 対比する時点で感づいた方もいるだろうが、コンビニBではドアの付近に座り込んだり、駐車場やコンビニの周囲にゴミを捨てる人もいる。
 店の中は、散らかってるとまでは言わないが、オリコン(いくつもの商品をまとめて入れる小さいコンテナ)が片付けられないまま棚の近くに置いてあることも珍しくない。棚の製品も、並びが悪くなっていることもある。店員がバックヤードにいたり、揚げ物を作っていたりして、レジに行っても気付かれないことも珍しくない。また、子どもが店内ではしゃぎ回ったり、客が店員を怒鳴るようなこともある。
 ここまで書いて気付いたのだが、コンビニBのようなコンビニは珍しくない。むしろ、どこにても見かける一般的光景と言えるかも知れない。

 コンビニAは、そうではない。
 オリコンが放置されているのを見たことがない。客が一度取った商品を戻す時にも、きちんと元の場所へ戻す。店員がレジにいないことも珍しくないが、客が来れば間髪入れずに誰かがすぐに入る。子供がはしゃぎ回るような光景も、あまりない。客が店員に怒鳴るのも聞いたことがない、軽いクレーム程度ならあるが。
 これはかなり珍しいらしい。この話をSNSで紹介したら、コンビニで働く複数名から「羨ましい」、「うちではトラブルばかりなのに」といった声が寄せられた。

 なぜここまでの差が生まれるだろうか。
 答えのひとつは、先ほど書いた。今回の題名からも察せられると思う。
 答えは、交番が近いからだ。
 コンビニのすぐ裏手に交番があり、警察官がよく訪れる。もちろん、制服姿で、だ。駐車場にパトカーが停まることもある。
 この状況、すなわち警察官が時折コンビニに現れる姿を見て、悪さをしようと思うだろうか。
 先ほどは書かなかったが、コンビニAではカトラリー(割りばし、プラ製フォークやスプーンなど)を客が自由に取れる。これも、SNSでの応答で「もしうちのコンビニでそんなことしたら、すぐに全部持っていかれる」と言われた。それほど、客の意識に差があるのだ。
 店員については店長の教育が行き届いていることもあるだろうが、客が健全なのに店員が不健全で成り立つわけがない。どの店員も礼儀正しく、不愛想な態度を見せたことはない。店員が他の店員を指導する場面でも、怒鳴るようなものを見たことがない。裏ではどうか分からないが、少なくとも客の前でそんな様子を見せないようにしている。店員が知り合いの客と話し込むようなこともない。
 コンビニBでは、これと逆の現象を時折見かけるのだが。

誰かが見ている

 コンビニの治安について紹介したが、これに付随して思ったことがある。
 一時期、バイトテロが横行した。バイト店員が冷蔵庫で遊んだり、食器をなめたり、提供する食材にいたずらをするなど、遊びで済まされない行為が横行した。これらに対し、店や企業は裁判に訴えるという、断固たる態度を取った。そのため、悪ふざけのために数百万円もの賠償金を命じられたという話もある。企業として考えれば、イメージ低下による客離れなどを考えれば、それでも安いぐらいだ。
 では、何故そんなことが平然と起こるのか。
 「誰も見ていない」と思っているからではないだろうか。

 バイトテロが発覚したのは、自ら、もしくはバイト仲間がスマホでその様子を撮影してSNSに投稿している。これは、承認欲求の捻じれによるものだろう。悪いことと知りながらも、目立つためにやったというのだ。
 他の人はその場にいない。共犯者がいる場合もあるが、店長や他の店員、客などが見ていないだろうと思っているから、安心してやれるのである。衆人環視の、イベント会場の売店などで堂々とやったら異常者だろう。


 先ほど、交番が近く、警察官が来ることが答えのひとつと書いた。
 他にも答えはある。それは、地域に密着していることだ。
 高校なら、生徒もいるが先生もいる。成長して大人になった、元生徒もいるだろう。コンビニAでもたむろしている生徒はいるが、その子たちは入口から離れた店の脇で、他の人の通行を邪魔しないような場所にいる。買い物目的に限らず、駅や自宅へ向かう場合でも通りかかる先生もいるから、自然とそうなっているのかも知れない。
「他の人たちに迷惑をかけないようにね」、「はい、先生」という会話を耳にしたこともある。
 また役場や郵便局なども、地域の人だ。商店街も近い。顔見知りも多い。
 そんな中で、トラブルを起こしたりすれば「おい、お前。○○さんのところの△△じゃないか。何をしている」と、誰かに声をかけられる可能性だってある。
 ただし、これは比較的田舎といえる地域だから起こすことが出来るのであって、都会では難しいだろう。

 以前にも書いたことがあるが、地域コミュニティの消失は激しい。特に都会では、隣の人どころか町内に知り合いがいないことも珍しくはない。

 昔は良かった、昔に戻れというつもりはない。
 いつも誰かの目線を気にする社会は息苦しい。また、見られてると思ったら、隠したくなるのも心情だ。一刻も早く都会へ出たかった、いつも誰かの噂話にされる田舎の生活が嫌だったと某芸能人が吐露した話もある。
 それでも、誰かが見ているというのは、良い部分もある。
 自制心を期待できる。これは悪いことではないのか、こんなことをしても本当にいいのかと考える。親戚や知り合いに迷惑がかかるのではないかと、躊躇う。たとえ、その場に誰もいなくても。
 昔から、こんな言葉が残っている。

「お天道(てんとう)様が見ている」

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