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ラストジャンプは、君と

私は今、空中に浮いている。
200メートルの高さから飛び降り、
今まさに地面に向かって落下している最中だ。
風が耳元で唸り、心臓は激しく鼓動を打っている。
そう、これが私の人生最後の瞬間。
バンジージャンプだ。
私の名は西島誠、68歳。
余命3ヶ月の宣告を受けた末期がん患者だ。
そして今、私は「冥土の土産」を持って、この世を去ろうとしている。

3ヶ月前、医師から余命宣告を受けた日のこと。
「西島さん、申し訳ありません。
もう手の施しようがないんです」
その言葉を聞いた時、不思議と冷静でいられた。
むしろ、ある種の解放感すら覚えた。
「分かりました。ありがとうございます」
病院を出た私は、真っ先に妻の墓参りに向かった。
3年前に他界した妻・順子だ。
「順子、もうすぐ会えるよ」
墓石に手を当てながら、私は静かに微笑んだ。
そして、ふと思いついた。
「そうだ、最後にひとつ、思い出を作ろう」

その日から、私の「冥土の土産」作りが始まった。
まず、長年の趣味だった切手収集のコレクションを整理した。
「ねえ順子、覚えてる?君と一緒に集め始めたんだ」
思い出深い切手を1枚1枚アルバムに貼りながら、
妻との思い出が蘇ってきた。
次に、昔から行きたいと思っていた場所を訪れた。

北海道の広大な畑。
沖縄の青い海。
そして、富士山の頂上。
「順子、見てくれ。私たちが夢見ていた景色だよ」
それぞれの場所で、私は小さな石を拾った。

最後に、孫たちとの時間を大切に過ごした。
「おじいちゃん、また遊ぼうね」
別れ際の彼らの無邪気な笑顔に、胸が締め付けられる。
そんな日々を過ごすうちに、残り時間はあとわずかとなった。

「バンジージャンプ?おじいちゃん、正気?」
息子の健太が驚いた顔で私を見つめている。
「ああ、最後にひとつ、挑戦したいんだ」
「でも、そんな無茶な...」
「大丈夫さ。医者にも確認済みだ。
命の危険はない...まあ、元々時間がないがね」
私の冗談に、健太は苦笑いを浮かべた。
「分かった。付き添うよ」
そうして、私たちは日本一高いバンジージャンプ施設
「ヘブンズ・ゲート」にやってきた。
「準備はよろしいですか?」
インストラクターの声に、私は小さく頷いた。
健太が心配そうに声をかけてきた。
「本当に大丈夫?」
「ああ」
私は微笑んで答えた。
「これが私の『冥土の土産』さ」
そう言って、私はポケットの中身を確認した。

切手アルバムの一部。
旅先で拾った小石。
そして、孫たちからもらったお守り。
全てが揃っている。
これらを持って、私は順子の元へ旅立つ。
「じゃあ、行ってくるよ」
私は深呼吸をして、一歩を踏み出した。

そうして、今の私は200メートルの高さから落下中なのだ。
風を切る音。
激しい心臓の鼓動。
そして、全身に走る興奮。
「順子、見ているか?
こんなスリリングな体験、初めてだよ」
ふと、これまでの人生が走馬灯のように脳裏をよぎる。

学生時代、初めて順子と出会った日。
結婚式の日。
子供が生まれた日。
仕事で成功した日。
そして、挫折した日。
順子との最後の日。
全てが鮮明に蘇ってくる。
そして気づいた。
この「冥土の土産」は、単なる物ではない。
私の人生そのものが、最高の「冥土の土産」なのだと。
地面が近づいてくる。

ゴムが伸びきり、私の体が上へと跳ね返される。
その瞬間、私は叫んだ。
「ありがとう!」
誰に向けての言葉か、自分でも分からない。
順子か、家族か、それとも人生そのものか。
ただ、心の底から湧き上がってきた感謝の言葉だった。

バンジージャンプが終わり、私は地上に降り立った。
健太と孫の颯太が駆け寄ってくる。
「おじいちゃん!大丈夫?」
私は満面の笑みで答えた。
「ああ、最高だったよ。
こんなに生きている実感を味わったのは初めてかもしれない」
健太は安堵の表情を浮かべた。
「そうか、良かった」
空を見上げる。
「順子、少し遅れるけど、必ず行くからね。
それまで、もう少し楽しませてもらうよ」
風が頬をなでる。
順子が「いいよ」と答えてくれているかのようだった。

高齢の末期がんの患者がバンジージャンプに挑戦した。
そんなキャッチーなニュースは、たちまち全国に広まった。
「西島さんほどの挑戦はできないけど、自分にもできることから始めよう」
と、多くの人々が新たな一歩を踏み出し始めた。
そんな人々の相談に乗ったり、講演をして過ごした。
予想外にも、私の余命は3ヶ月どころか、1年以上に延びた。
医師は首をかしげるばかりだったが、私には分かっていた。
生きる喜び、そして多くの人々との繋がりが、
私に新たな生命力を与えてくれたのだと。

そうして最期の日、私はベッドの上で静かに目を閉じる。
枕元には、バンジージャンプの時に持っていた
「冥土の土産」が置かれていたた
しかし今、私の本当の「冥土の土産」は、
この1年で出会った人々との思い出と、
彼らに与えることができた希望だった。
「順子、たくさんのお土産を持っていけたよ。
さあ、迎えに来てくれるかい?」

私は微笑みながら、最後の大きな跳躍の一歩を踏み出した。

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