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完璧な司会者

東京都心にそびえ立つ高級ホテル「グランドパレス東京」。
その最上階にある大宴会場で、
日本を代表する大手企業の重役が一堂に会する晩餐会が開かれようとしていた。

会場の片隅で、今回の司会を務める沢田真紀が、
最後の打ち合わせに臨んでいた。
「沢田さん、今夜はよろしくお願いします」
ホテルの支配人、久保田英樹が声をかけてきた。
「はい、任せてください」
沢田は自信に満ちた笑顔で応えた。

沢田は業界でも指折りの司会者だ。
彼女の巧みな話術と機転の利いた進行は、
難しい場面であっても会を成功に導くと巷で評判だった。

宴会が始まった。
沢田の流暢な司会で、会は順調に進む。
しかし、メインディッシュが運ばれてくる直前、
突如として会場が真っ暗になった。
「皆様、ご心配なく。すぐに復旧いたします」
沢田の冷静な声が闇の中に響いた。

数秒後、照明が戻ると同時に、悲鳴が上がった。
テーブルの一つに、招待客の一人である佐藤隆が倒れていたのだ。
「お医者はいらっしゃいませんか?」
沢田が即座に叫んだ。
会場内にいた医師が駆け寄り、佐藤の脈を確認する。
「亡くなっています」

パニックが広がる中、沢田は冷静さを保ち言葉を続けた。
「皆様、どうかお席にお戻りください。
警察がまもなく到着します」

30分後、刑事の松本が現場に到着した。
「不審な点は?」
松本が久保田に尋ねた。
「いいえ、特に...」と言いかけた久保田を、沢田が遮る。
「実は、少し気になることがあります」
沢田は松本に近づき、小声で話し始めた。
「佐藤さんのグラスに、奇妙な粉が残っていたんです」
松本は眉をひそめた。
「なぜそれを?」
「司会者として、常に会場全体に目を配っているんです」
沢田は淡々と答えた。

調査が進むにつれ、佐藤の死因は毒殺であることがわかった。
犯人として浮上したのは、なんと久保田だった。
「久保田さん、なぜですか?」
松本が問いただす。
久保田は肩を落とした。
「佐藤は...私の娘を自殺に追い込んだんです。
彼女は佐藤の会社で働いていましたが、彼のセクハラに耐えられず...」

一同が驚愕する中、沢田だけが冷静さを保っていた。
「しかし、それだけじゃないでしょう?」
沢田が静かに言った。
久保田は驚いて沢田を見た。

沢田は続ける
「私の"完璧な司会"を利用して、アリバイを作ろうとしたんでしょう」
会場が静まり返る中、沢田は説明を始めた。
「久保田さんは、私の司会が途切れることなく進むことを知っていました。さらに、私が会場全体に目を配ることも。
だからこそ、停電の瞬間を狙って毒を盛ったんです。
私が異変にすぐ気づくことを計算に入れて」
松本が口を開いた。
「それはつまり...」
沢田はうなずいた。
「私もこの計画の一部だったということです」

会場が騒然となる中、沢田は静かに続けた。
「私は...佐藤さんに殺された娘の親友でした。
久保田さんから真相を聞いたとき、私も復讐を決意したんです」
松本は困惑の表情を浮かべた。
「なぜ突然告白をされたのですか?」
「罪の意識、です」
沢田は悲しげに笑った。
「私の特技であり強みである完璧な司会をしながら、
人としてやってはいけない殺人の片棒を担いでしまった」
沢田は両手を差し出した。
「私も逮捕してください」

松本が沢田に手錠をかけた。
会場は静寂に包まれた。

翌日の新聞には、「完璧すぎた司会者の悲劇」という見出しが踊った。

事件から1年後、刑務所の面会室。
沢田の前に座っていたのは、刑事の松本だった。
「沢田さん、あなたの冤罪が晴れました」
沢田は驚いて目を見開いた。
「久保田の供述と防犯カメラの映像を詳しく分析した結果、
あなたは本当は何も知らなかったことが証明されました。
あの時のあの告白は...」
「社会の関心を事件に向けるためでした」
沢田が静かに言葉を続ける。
「そうすれば、真相究明が進むと思ったんです」
松本は沢田を見つめる。
「最後まで完璧な司会者だったということですね」
沢田は微笑んだ。
「司会者の仕事は、舞台裏で真実を明らかにすること。
それが私の信念です」

釈放された沢田を、テレビ局のスタッフが待っていた。
「冤罪事件を題材にしたドキュメンタリー番組の司会を務めていただけませんか?」
沢田は深呼吸をして答えた。
「はい、喜んで」

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