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博士号取得までの道のり

みなさま,こんにちは.
株式会社オプティマインド プロダクト開発部 データ基盤チームに所属しております,坂と申します.
突然ですが,無事に2023年2月28日付で博士(工学)を取得することができましたので,これまでの道のりを振り返ってみたいと思います.
博士を取得しようとしている方々の参考になればと思います.


大学生時代

私立で男子校な某中高一貫校から名古屋大学へ入学をしました.
高校3年生のときに,交通に関する勉強をしたいと思い立ち,当時の工学部社会環境工学科(現:環境土木・建築学科)に入学しました.
モトクロス(オートバイのレース)を幼いときからやっており,受験前の骨折により足に金属を入れておりました.その摘出手術を高校卒業〜大学入学の間に受けていて,入学式の日に退院し,そのまま松葉杖での参加でした.同じ高校から同じ学部・学科に行くことになった同級生もいましたので,かなり助けてもらった記憶があります.

大学1年生〜3年は,様々な分野(構造系・水工系・地盤系・計画系・環境系・国土デザイン系)の授業や実験を受けておりましたが,やはり入学の動機となった交通系の研究はブレることはありませんでした.

大学3年の後期より研究室配属となるのですが,無事に交通系の研究室(上記で言う計画系)に所属することができました.
モトクロスも全日本を回ったりと文も武も両方とも充実していたのかなと思います.

地元のコース(MX FIELD TOYOTA)にて

大学4年ともなると院試・卒論が待っています.
院試については,学科のみんなとお互いに教え合いながら勉強を進められて,無事に合格を受け取ることができました.
正直にいいますと,自分自身あまり真面目な学生ではなかったと思います.ですので,推薦ではなく,普通に試験を受けました.

院試を乗り越え,卒論を頑張る季節に移っていきます.
卒業研究は,携帯電話のGPSデータに関するもので,指導教員の先生や研究室の先生方にいろいろとご指導頂きながら完成をさせることができました.卒論ほんとむずい…やばい…という印象でした.

このときは,先はまだまだ長いということをまだ知る由もありませんでした.

卒業旅行 in ハワイ


大学院(修士課程)

卒論発表などなどをこなし,無事に名古屋大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻へ進学する運びになりました.

修士1年では,学会への参加をいくつかして,研究室の仲間といろんなところに行きつつ,発表もいくつかこなすような感じでした.
就活も徐々に始まっていましたが,自分の感覚としてはあまり企業に所属するというイメージが持てない状況でした.
(若干,インターンとかもいきましたが…)
そんな状況でもあり,修士2年に上がる前に,指導教員ではないのですが,いろいろとご指導頂いていた先生から,「リーディングプログラムに行ってみてはどうだ?」とお話をいただくことができました.

リーディングプログラムとは,簡単に言うと,修士と博士を一貫したプログラムで,即戦力となる博士人材を育てようというものです.

「博士課程教育リーディングプログラム」は、優秀な学生を俯瞰力と独創力を備え広く産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーへと導くため、国内外の第一級の教員・学生を結集し、産・学・官の参画を得つつ、専門分野の枠を超えて博士課程前期・後期一貫した世界に通用する質の保証された学位プログラムを構築・展開する大学院教育の抜本的改革を支援し、最高学府に相応しい大学院の形成を推進する事業です。

https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/hakushikatei/1306945.htm
文部科学省HPより抜粋

修士2年の段階でしたが,いろいろと取り計らって頂きまして,入学試験を受けることができました.
無事にその入学試験もパスすることができ,博士への道のりが決まった瞬間でした.

修士2年からは,このリーディングプログラムのカリキュラム+研究室の活動という形で過ごしておりました.
また,博士課程に進むということから,これまた入試を受ける必要が出てきます.
再三になりますが,あまり真面目ではなかったゆえ,推薦ではなく,普通に試験を受けました.どうにか試験をパスし,進学することができる資格を得ることができました.

ここからは,ひたすらに修士論文の執筆に向け研究活動を進めていたような状況でした.

このあたりから少々,メンタルのバランスが崩れ始めていたのだと思います.いろいろなものからのプレッシャーでだいぶやられていたのが正直なところです.

修士の段階では,同じ様に学部から修士に進学した同級生もいましたので,辛いながらも一応やりきれたのかなと思います.

修士論文を提出後,リーディングプログラムの方ではEnglish TrainingやIBMの研究所見学ツアーがあり,あまり落ち着く暇はなかったように思います.
というか,現地でも研究ひたすらやってました.

English Training in Manila (左:私,右:松下)

この写真に写っている松下(弊社代表)とは,このリーディングプログラムを通して友人になりました.
リーディングプログラムの試験のとき,最初に話したのが彼で,それ以来仲良くさせてもらってました.
当時は,お互いにやっていることなどは知っているものの,特に交わることはなかった状態でした.


IBM研究所の見学


大学院(博士課程)〜休学〜中退

とりあえず,無事に乗り越えた修士課程でしたが,ここからさらなる茨の道となっていきます.見出しの通り,大きめなイベントが起きています.

博士課程に進学をし,そつなく?学生生活をこなしながら,学会に参加するための論文を執筆したりしておりました.

初の国際学会への参加も博士1年のときです.
右も左もわかりませんでしたが,英語で論文をまとめ,発表のためのポスターを書いたりしてました.
計2回の国際学会に参加させていただきました.
本当に貴重な経験をさせていただいたなと思います.

TRB 96th Annual Meeting in Washington DC
ISCTSC 2017 in Montreal
ISCTSCでの発表風景

このあたりから,モトクロスの方も徐々に落ち着き始めて,ボルダリングにハマり始めました.
ひどいときでは,週5とかで通ってましたね...

魚動2にて

いろんなもののプレッシャーからこちらに逃げていたような気がします.

リーディングプログラムのカリキュラムの一環として,博士2年のころから,前述の松下(弊社代表)のもとでお手伝いを始めさせてもらってました.斉東(弊社CPO)ともこのタイミングで出会うんですが,なんかみたことあるな…と思っていたら,同じ学科の先輩でした笑

約1年のお手伝いを通して,正式にうちに入ってみる?というオファーを頂きまして,ジョインを即決しました.
ジョインを決断した理由としては,

  • やっていることが面白そう!!

  • 自分の今まで培ってきた知識が活かせる!

  • 自分の開発したものをお客様に届けることができ,すぐにフィードバックがもらえそう!

    • 研究だとどうしてもここが難しいのかなと自分では思っていました.

  • (大学辞めても食いっぱぐれないぞ…)

このような背景もあり,プレッシャーもあり,大学の休学を決断しました.
当初は,辞める覚悟もありましたが,いろいろな方に相談させてもらい,一旦お休みするということに致しました.
加えて,リーディングプログラムの方も,いろいろとご相談にのっていただいたんですが,こちらは辞めるという決断を致しました.

中退後〜満期退学

一旦おやすみしてからは,まだ人数も1ケタ台だったオプティマインドにフルコミットする日々になりました.

研究室的にも,クラウドの環境を使うとか,サービスを作るとかの経験が皆無でしたので,周りの皆にひたすらに教えてもらいながら,勉強を進めていくというような状況でした.

Git?SQL?API?なにそれという状況だったので,周りの皆々様には本当に感謝しかありません.

そこからしばらく経って,オプティマインドの社員として過ごしていく中で,「せっかく博士課程ここまでやってきたんだから,せっかくならやりきりたい」という気持ちも出てきました.

会社に相談したかしていないか,忘れてしまいましたが,復学を決め,1年半弱の休学に終止符を打ちました.

2019年10月に復学し,二足のわらじ生活のスタートです.

平日は,オプティマインドにフルコミットし,休日は,研究をすすめるという生活をしていました.

復学後すぐのころは,あまり自分の中でバランスを取ることができず,研究の進捗があまり出せていない状況でした.
それを見かねた指導教員の先生が,「研究室に来てやったほうがいい」と.
環境を変えるのがとても大事だと気付かされました.
実際に,研究室に行ってからは,進捗が少なからず出せるようになってきました.そのおかげもあり,博士の卒業要件に必要な査読付き論文も,無事に出版することができました.英語でまとめたので,やや時間がかかってしまいました..

その後も徐々にですが,研究を進めていき,博論書いてもいいという段階に来ました.
このタイミングで,単位取得満期退学をしました.

満期退学〜現在

ここからがまた長いです.
オプティマインドでの業務も会社の規模と比例して,ハードになっていきました.
なかなかに研究に時間を割くことが難しい状況もままありました.

足並みは遅くなりがちでしたが,約1年研究を続け,博論としてもまとめつつ,審査を受けることができる段階までやってきました.

博士論文の内部審査(内見)と呼ばれるイベントは,主査(指導教員),副査(学内2名,学外1名)から構成される審査委員会によって自分の論文の審査を受けるものになります.

12月から内見審査を受け始めたのですが,先生方の都合や自分の仕事の予定などもあり,かなりつめつめの予定で行われました.
審査を受けてから次の審査まで1週間しかない状態でしたので,平日の業務後も論文修正を進めていきました.
いろいろとご指摘をいただくことができ,このステップのおかげで,自分の博士論文に対する理解や,主張したいことを明確にできたのかなと思います.
無事にこの内見をパスし,論文を提出するのですが,これがまた12月末と期限が短く,気が休まる暇はありませんでした.

提出期限日が平日でしたので,業務開始前に大学へ赴き,提出をしてまいりました.
やっと一呼吸つけるタイミングとなり,年末年始もゆっくりを休みを取ることができ,リフレッシュもできました.

timbersled! (お借りしたものですが…)

博士課程の最後のイベントとして「公聴会」があります.
公聴会は,自身の執筆した博士論文について,パブリックな場で発表を行い,質疑に答えていくというものになります.
公聴会は,英語では「Doctoral Dissertation Public Defense」とか,「Defense」と呼ばれることがあります.
この単語の通り,今まで自分がやってきた研究について,いろいろな参加者の方からの攻撃?口撃から守り抜いて,自分の研究の主張を理解してもらうものになります.

この公聴会自体は,2023年1月下旬に行われました.
それまでは,ひたすらに頂いたコメントをベースに論文と発表資料をアップデートしておりました.
ある程度形になってくると,発表練習に移ります.
「発表が長い!」と内見のときにコメント頂いており,発表時間を守るためにスライドを削ったり要点をまとめ直したりしておりました.

幸か不幸か,公聴会前日が,誕生日でして,31歳として最初の日に公聴会が執り行われました.
当日は,名古屋でも雪が降るような天気で,非常に寒かった記憶があります.先生方と私で予定の調整がつかず,対面ではなくリモートでの実施でしたので,落ち着いて臨むことができました.

発表に関しては,何度も練習をしたものになるので,スムーズに話すことができたと思います.
緊張のせいでめちゃくちゃ喉が乾きました笑
発表時間もオーバーすることなくオンタイム(若干早かった?)で終了することができ,ひとまずホッとしたのもつかの間,質疑応答が始まります.

主査副査だけではなく,いろいろな参加者の方々からのコメントをいただきました.質疑自体は,比較的穏やかに終わることができたのかなと思います.

無事に公聴会すべてが終了し,あとは結果待ちの状態です.
肩の荷が降りた瞬間でした.

ただまだ正式な結果は出ていない状況でしたので,ハラハラしながら結果を待っておりましたが,無事に3月中旬に「学位が授与されました」との連絡を大学事務よりいただくことができました.

13年に及ぶ大学生活,11年に及ぶ研究室生活が終わった瞬間でした.

指導教員から頂いた名前入りのペン

なんだか逆に心にぽっかり穴が空いてしまったように感じました.

そして,先日学位授与式に行ってまいりました.
アカデミックガウンを着てパシャリ.
これで学位記も3つ目になりました.

アカデミックガウンを着て研究室前で


オフィスでも記念に1枚



最後に

紆余曲折あった大学生活・研究生活でしたが,無事に修了をすることができて本当によかったと思います.

研究室の先生方・先輩・同期・後輩には,大変お世話になりました.
学部3年生に配属され,はや11年経ちましたが,ときには優しく,ときには厳しくご指導頂き,大変ありがとうございました.

また,松下を始めとするオプティマインドのメンバーも,ありがとうございました.みなさん応援してくださって,2足のわらじ生活で心が折れそうだったときも,とても心強い味方でいてくれました.

最後に,一番近くで支えてくれた家族・彼女には,感謝しかありません.

研究に関しては,様々な経験をさせていただきました.
人生はずっと学びの連続だと思います.
この姿勢を崩さず,今後も尽力していきたいと思います.

博士号取得は自分にとっては,とても長い長い道のりでした.
ここまで書いたとおり,その間ずっと全力で走り抜けたわけではありません.途中で休んで,別のことにフルコミットしていましたが,なんとかゴールを通過することができました.
その時その時で,自分のやりたいことにフルコミットできて,とてもわがままでありつつも贅沢な学生期間でした.

博士という学位を活かしたキャリアパスを描いていきたいと思います.

長々とまとまりのない文章を書いてしまいましたが,ここまで読んでくれた方にも,感謝です.

また,なにか節目の際には書きたいなと思います.

それでは.


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