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きみのはなし #28

 最近悪夢ばかりを見るので、夢日記をつけることにした。嫌なことは吐き出すに限る。
 悪夢を書き起こす作業は苦痛だ。万年筆を滑らせながら、トラックに轢き潰された君の悲鳴を思い出す。青空に飛び上がった君の身体がコンクリートの上で潰れる光景を思い出す。がり、がり、万年筆の音。群衆の悲鳴、地面を埋めてゆく君の血。万年筆の音。携帯のシャッタ
ー音、ひん剥いた君の目がこちらを見ている。血に染まりそこねたTシャツの袖の蛍光ピンク、白い手、引っ掻き傷がついた青の指輪、医療機器に絡めとられてゆく君の身体。万年筆の音。
「相変わらず泣き虫だな」
と君に言われて初めて、泣いていたことに気がついた。日記帳が涙に濡れて、折角書いた文字が滲んでいる。私が袖で涙を拭う前に君が抱きしめてくれるものだから、いよいよ涙が止まらない。逞しい腕、背中を叩いてくれる手は温かい。耳朶を擽る吐息。
「大丈夫か?」
 君が淡々と問う。その変わらない声に安心して、頷く。
「そっか」
 そう言った君の声がいやに遠かった。肌が触れ合う距離にいるのにおかしい。すぅっと離れていく君の体温に、待って、と顔を上げたところで、夢は終わる。

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