「男」という名の既得権についての考察
「もう一度生まれ変わるとしたら、男と女、どちらがいい?」
というよくある質問で、
「男がいい」という女性はたくさん会ったことがあるが、
「女がいい」という男性はほとんど会ったことがない。
いや、正確に言うと、いるにはいる。
でも、あきらかに本気じゃない。
「女の方が楽だよな~、責任を取らなくていいから」
と、女の方が楽だろうというイメージからの発言だったりすることも少なくない。
これは、女性が、
「女じゃなくて、男に生まれたかった」
という言葉の重みとはずいぶんと違う。
(ただ、子どもからの反応で母親の方がよかったという男はいる)
もちろん、私も男なので、
「女が男の苦労をわかっていない」
という男の意見に同意できることもある。
女にはわからない男の苦労も間違いなくあるからだ。
男は大変である。
ハゲただけで、「どうしたの?」と心配される。
男は大変である。
身重の妻を抱えて、「仕事を辞めます」とも言えない。
・・・というのも一理ある。
でも、いずれもやりようによってはなんとかなるものである。
しかし、女たちが抱える課題は、
やりようによってはなんともならないものも多いのが現実だ。
トイレは男女平等か?
たとえば「公衆トイレ」は基本的に女性用トイレが混雑する。
男が「男に生まれてよかった」と感じ、
女が「男に生まれたかった」と感じる典型的なシーンだ。
なぜ女子トイレが混雑するかについては、TOTOのコメントが出ているが、
どう考えても釣り合ってないのが原因だ。
男子トイレには小の専用便器がある。
女子トイレにはそれがない。
それだけで回転率が違うのは、小学生でもわかる。
しかし、便器の数ではなく、たいていは「面積」が平等になっている。
それでは女子トイレの方に人が並ぶのは必然だ。しかも女性はストッキングも履いていたりするわけだから、さらに時間がかかる。
女性が多く集まる場所であればなおさらだ。
実は世の中には、「女子用の小便器」や、「女子用の小便ろうと」という商品も存在するが、
だからといって、女性用小便器が男性用小便器のようにポピュラーになることは天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。
いきなり男子トイレと同じ便器構成になっても女性は困るだろうし、こういう器具をわざわざ持ち歩いて日常的に使うのはどう考えても考えづらい。
なにより、
そういう問題じゃねーよと、私が女なら思う。
なんで、女性だけがわざわざ、ろうとを持参しないといけなくなるのか?
もちろん、今の世の中、それじゃいけないと、大規模イベントが開催される施設では、男子トイレに可動式の壁を作って、イベント時には個室の一部を女子トイレにするようなのもあるが、少数派である。
女性がトイレを待つ時間は、男にとっては「男だから得られた」時間である(男も女を待ってんだから一緒だと言う人もいるだろうが…)。
これを「男の既得権」と言わず、なんと言うのか。
「男の既得権」はそこかしこにある
この、「男の既得権」は、本当に語られることが少なくて驚く。
そもそも「既得権」というとイメージが悪いというのもあるのだろう。
たとえば、政治家が権力をほしいままにして、それにしがみつくようなイメージがあるのが「既得権」だ。
今、ミャンマーで軍隊が再び政権を掌握しているが、軍の主張よりも、軍の既得権を小さくされることへの、軍の反発とみるのが普通だろう。
だから、自分にはそんなつもりはないのに、「既得権にしがみついている」みたいなイメージを持たれたら、そりゃ気分はよくないだろう。
しかし、文字通り「既に得ている権利」として考えれば、少なくとも日本社会は、女の既得権よりは、男の既得権の方が圧倒的に多い。
その結果が、途上国よりひどいジェンダーギャップ指数に表れる。
例えばちょっと前、医学系私立大学で、女子の合格者の得点をわざわざ一律して下げて、女子合格者を減らしていた、というニュースがあった。
驚いたのはその後だ。
そもそも、事の発端は文科省幹部の息子への不正な合格工作だったのに、
いつのまにか、女子や三浪生への「減点工作」について、「よくあること」で、
まさかの現役女医までも、「しょうがない」と言い出した。
「外科」のために男がたくさん必要なのだ、女は外科が務まらないというロジックで、実際の病院経営は大変だからというのもわかるが、それでも、あきらかに男の既得権に基づいた考え方であることを指摘する人はほとんどいなかった。
むしろ、女が外科を目指すことが迷惑、くらいの風潮だ。
しかし、これも男の既得権についての視点が欠けている。
たとえばこちらを見てもらおう。
こちらは、新聞折り込みチラシに入っていた、新しい歯科医院のチラシだ。
歯科医の写真が6人も載っているが、全員男だ。
これを見て、何もおかしいと感じない人も多いかもしれないが、
なぜ彼らは、「男のくせに外科医にならずに歯科医になりやがって」と叩かれないのだろうか?
男たちにはあって、女たちにないもの
外科医が重労働で、男手が多数必要であるというのは理解できる。
が、だったら、試験の結果男女比が同数だった場合、外科以外は女性の割合が多くなるのが、本来の平等ではなかろうか?
実際最近は、外科以外の専門家に女性医師が増えているし、今後も増え続けるだろう(なにせ外科に入れたくない大学も多いし)。
そのことの是非はひとまず置いておくが、こういうことで、「仕組み」が叩かれることはあっても、男が直接叩かれることはない。
そもそも、外科が人不足で困っているのは、重労働かつ、患者(遺族)からの訴訟リスクを恐れて、外科を避けて、眼科や歯科を希望する医師が多いという話もあるが、
なんで男たちのそれは許されて、外科を希望する女は「出産・育児で職場を離れるから」と叩かれなければならないのか?
別に、彼ら歯科医が悪いわけではない。親の後を継ぐというのもあるだろうし、職業選択の自由もある。
だが、それがまさに「男の既得権」なのだ。
男は許されるのに、女は許されない。
男にはある「自由」が、女には男と同じだけはない。
男性優遇なのは女が悪いからだと意見をすり替えるのも、「出産・育児」で離職するのは女が悪いというのも、男に「出産・育児」に協力しなくていいという、男の既得権があるからだ。
「男の既得権」を作るのは誰だ
しかも、男女ともそれは「しょうがないこと」と受け入れている人が多い。
たとえば「子育て」なんて、自分の子どもなんだから男女協力するべきであろうに、なぜか「女の仕事」扱いされてしまって、仕事に逃げる男はたくさんいる。高所得者ならまだわかるが、低所得者ですらそうだ。
(むしろ今は、高学歴の男の方が育児に協力的だ)
子どもの頃、「ママ」にすべてやってもらっていた男が、大人になった時もその既得権にすがろうとする。そんな、子どもなままの男も少なくない。
そして、男の既得権に無頓着な男が再生産されている。
それを生んでいるのは他ならぬ「ママ」つまり女であり、だからこそこの問題は根深い。
実際、私は両親から、「これからの男は家事もできないといけない」といわれて育っていたので、家事全般できるが、ママにやらされてこなかった男の方が実際には多い。
今は男性アイドルだけじゃなく、男のタレントや役者が料理をするシーンをよく見るようになったし、こういった「男だから」ということで家事や育児と向き合わない男も減ってきた。
それでも、どこか「男だから」家事や育児が褒められたりするのはまだまだある。これも立派な「男の既得権」である。
そこに対して、個々に文句を言っても始まらない。
なぜなら、そもそも男たちは自身の「男の既得権」に対して無頓着である。
だから、カルビーの元会長からの、「女性は男性の既得権を奪え」というアドバイスは非常に的確である。
ただ、じゃぁなんで、女は男の既得権を奪うまでしないといけないのか?
なんで女だけが頑張らないといけないのか?
まさにそこに、男が意識していない「男の既得権」があるからなのだ。
既得権を持つ側が、自ら既得権を失うことなどするはずがない。
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