DSCF8455のコピー

絵と写真、写真と写真表現

高校の同級生が個展を開いているので行ってきた。自分は写真、彼は絵画と種類は違うが同じ視覚芸術なので色使いや構図で参考にできるものがあるのでは、という考えもあり。

また個展という自分にとっての夢(目標と書けないあたり、自分の写真に対する意識のなさを自嘲する)を叶えている彼の作品を純粋に見てみたい、という気持ちももちろんあった。

もっとも、彼が個展を開くのはこれが初めてではない。開場のCafe & Bar Smile Earthを訪ねると、壁一面に彼の描いた作品が展示されていた。

マスターは店内の撮影を快諾してくれた。店の写真はカメラ内現像で多少調整したが、明るすぎない照明が心地良かった。高円寺にあるので、ニッシンジャパンに行くときは寄ることにしよう。

彼の描く絵は抽象画で、もちろん自分は抽象画は分からない。いや、そもそも絵画の良し悪しも分からないし、写真の良し悪しも大して分かっていないと思う。悪い構図や引き算で撮るということは頭に入ってはいるが、感性を揺さぶるようなものが撮れているとは未だ思えない。

絵は構図も自由だし、色も自由だ。と思っていたが、写真も自由だ。ただ目の前にあるものを撮るのか、頭の中のイメージを描くのかという違いだけで。

FacebookのAdobeのページで面白い投稿を見た。いや、面白いのはコメント欄の反応だ。否定的な意見の中でも”真実を写すのが写真”という内容が特に興味深い。

おそらく否定的に捉える人も、広告で見たときに違和感はあまり抱かないのではなかろうか。そこには「あくまで広告だから」という認識もあると思うが、完成しているということもあるんじゃなかろうか。

Adobeの投稿は作品を作る過程を見せたもので、上手の絵の描き方を事細かに説明しているようなものであるかのような印象を受けた。それは全く悪いことではないし、未だにPhotoshopを使いこなせていない自分のような人間にはありがたいことだ。

絵も写真も他人が目にするときは基本的に完成している状態だ。だからこそ完成に至るまでの工程を見せられて、いわば手品の種明かしをされたような気分になったのでは、と帰り道に考えた。

デジタルが主流になって、写真も色々変わったのだろう。デジタルから入った人間だから又聞きでしか知らないが。フィルムとデジタルが別物であるなら、フィルムはこれまで通り「写真」、デジタルは「写真表現」と呼称すれば良いとも思ったが、「写真表現家」という肩書きは微妙だな。


個展の詳細はこちらから。作品の購入も可能です。買うつもりはなかったのに、気づいたら特に気に入った2つを予約していた。

最後まで読んでくださってありがとうございます! 写真や文章を気に入っていただけたらフォローしてもらえると嬉しいです。サポートいただいた分は機材の購入や旅費にあてさせていただきます。