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行政人の遊び心

寒いと外に出る気が失せる。しかもオミクロン株がどうのこうのとしている時期。
しかも職業柄、一般職業人のような仕事納めなどというものはなく、年末ながら一日の大事な休みをそのために返上しなければならない。


運転免許証の更新。

誰しもが感じるように、気乗りするわけはなかった。でもすっぽかしてもっと面倒なことにならないように、今年は年内に済ませてきた。みんなに公平な、数年に一回の義務と考えて、寒いし面倒だけど、重い腰を上げて行ってきたのだ。

幸い、今回はゴールドへ返り咲ける更新だった。
だから諸々の手続きを済ませたあとに受講する優良運転者講習は、わずか30分。前回たしかブルーへ落ちるときの違反者講習は2時間だったから、それにくらべればだいぶマシだった。


とはいえ当然ながら真面目な講習。わずか30分とはいえ、スクリーンに映し出されるグラフや動画の数々は退屈で、眠気を助長した。この数年で改正された道路交通法についてや、交通事故につながりやすい場所のリマインドは、月イチ程度でたまにタイムズのカーシェアにお世話になるだけの僕のような人間こそ留意したい情報だとは思いつつ、いわゆる行政的なパワポや動画、ナレーションに対して、「もっとこういう場にこそ、クリエイティブの力が必要だよな」なんて勝手に思ったりしながら、目を閉じたり開けたりしていたのだ。

そんなスクリーンに、前ぶれもなく突然登場したのが喪黒福造(もぐろふくぞう)だった。マンガやアニメでおなじみの、あの『笑ゥせぇるすまん』に出てくる怪しすぎるキャラである。

流れ的に、別に「ドーン」というタイミングでもない場面で、突如そのキャラは投入されていた。
これまでのイラストはいわゆるパワポ的なフリー素材のイラストで統一されてきたにもかかわらず、何の文脈もなしに、いきなりの喪黒福造。たしか彼の横には「気をつけなはれや」という類の小さな吹き出しがあったように思う。一応最後までちゃんと受講した身からすると、福造の出番はあの1スクリーンのみだった。

となると、優良運転者講習のわずか30分間に、なぜわざわざ喪黒福造を投入したのだろう。文脈的な整合性はまったくない、としか思えない流れの中に。


ぼんやりとスクリーンを眺めながら、僕が思い出したのが古舘伊知郎氏である。
『報道ステーション』のキャスターをしていたことがまだ記憶に新しい彼だが、もともとはプロレスの実況やバラエティ番組の司会をしていた。
ただ僕個人的には『SASUKE』の印象が一番強く、たとえば池谷直樹氏の人物紹介では、彼を「逆三角形のエイリアン」などと称していて秀逸な表現だと思った記憶がある。

報道ステーションを経た古舘伊知郎氏は、のちにインタビュー記事か何かでこんなことを語っていた。

「事実の報道よりも、自分の性(さが)を優先してしまう」

あくまでも僕の耳にはそう聞こえただけで一言一句までは再現できていないだろうけど、僕としてはその言葉の中に「古舘伊知郎」が垣間見えた気がしたのだ。

彼がメインキャスターだった時代の報道ステーション。僕もたまにチャンネルを合わせることがあった。たしかに彼はそこで、いわゆる「報道」に求められる客観性やわかりやすさよりも、「古舘伊知郎ならでは」を出していたと回想する。冗長的というか主観というか、ほかのキャスターには代えられない個性がたしかに出ていたように思う。

「報道」という場での「個性」。
おそらく必要ないだろう。
でも、それでも、どうしても言いたくなってしまうような言い回しや表現が時として出てきたりするんだと思う。

いわゆる「正しさ」よりも、「自分の性(さが)」を優先してしまうことがある。しかも、「それでいい」。それでこそ「生きる理由」だ。

当時、そんな考え方にはじめてふれた僕にとって、(きっと大きくデフォルメされている)古舘伊知郎氏の言葉を、まるで金言のように感じてしたためた。

まぁ要するに、場の空気より、自分の言いたいことを優先していい。そう受け取ったのである。



そんなことを考えているうちに優良運転者講習は終わっていた。

パワポの作成に携わったイチ行政人も、もしかしたら過去に古舘伊知郎氏の考え方に感化され、勇気をもって、喪黒福造の投入に至ったのかもしれない。

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