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『大本営参謀の情報戦記』ーー数珠つなぎ読書2

加藤陽子さんの『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読んだ際、実際の戦闘などのハード面ではなく、情報など戦争の「ソフト」面が結構強調されていたことに関心を持った(そのときの記事はこちら)。

その関心から、堀栄三『大本営参謀の情報戦記』を読むことにした。

「情報」という観点から太平洋戦争を振り返った本だが、日本の意思決定システムの問題点が、戦争の最前線を経験した情報参謀により描かれている。危機的状況下で、「〜であってほしい」「〜であるはずだ」という希望的観測に基づいて意思決定がなさることの怖さが生々しい。


事後的に「あの情報と意思決定は間違っていた」と批判することももちろん重要だが、堀氏は情報参謀として戦争の最前線の中で、「この情報は怪しい」と、その後の意思決定に多大な影響を与える難しい判断をしている。一定の情報が揃った事後か、情報が十分ではない渦中かという違い。本書の凄みは、その不十分な情報環境のなかで、どのように判断を行ったのかのプロセスが描かれていることである。


情報の専門家として、堀氏は物量(彼は「鉄量」と表現している)の重要性を再三指摘している。これは物量が全てということではなく、情報(ソフト)と物量(ハード)は車の両輪であるということ。情報がなければ適切な物量の展開ができないし、一定の物量がなければ情報は無意味。

日本は情報に基づきアメリカとの物量差を自覚するべきであったがそれができなかった。情報の段階で負けていた。そして、その物量差に圧倒された結果が敗戦。読んでいて驚いたのは、(アメリカでは)「軍服でも四ヶ月を耐用限度としているのに、日本軍は六、七年も着たきりである」(230)という指摘。戦闘機や戦車などではなく、末端の軍人の軍服に対してまでその物量をいかんなく発揮していたという指摘は、日本とアメリカの差を如実に物語っているように思う。

個人的にこの本の一番のキモだと感じたのは、アメリカと日本では、太平洋を主戦場にすることに対する捉え方が違ったという指摘。

堀氏は次のように簡潔に説明する。

「要は、太平洋という海を眺めて、小学生のように青い水面と白い波だけを見ていたのが日本の戦略立案者、あの空を取らなくては、この海は取れないと、空を見上げたのが米国の戦略立案者だった」(329)

なぜこのような違いが生じるのか。堀氏は過去の成功体験にその原因を見る。大陸での戦果から、「軍の主兵は歩兵なり」(141)というイメージが染み付いてしまい、航空戦が重要であるという発想に切り替わらなかった。成功体験が足かせになる、というのは、戦争に限らず、ビジネスにおいてもあるいは個人のキャリアにおいても当てはまる教訓だろう。


しかし、その足かせから逃れるにはどうすればよいのだろう。これは案外難しい。成功体験を要素分解して、その要因が変化した場合には気をつけるとかなのか。けれど、成功の要因を特定するのは、失敗の原因を特定するよりも難しい。成功した方法論を踏襲するほうが認知的にも負荷が小さいこともあり、成功体験が足かせになるということを意識しつづけること自体も困難だと思う。

こういう議論は『イノベーションのジレンマ』とかで深く分析されている論点なのだろうか。

ということで、次の数珠つなぎ読書としては、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』もいいかもしれない。

本書では、100%の情報が集まることはないという前提の中で、どのように意思決定を行うかということが繰り返し語られている。そういう観点から、サイモンの『意思決定と合理性』を読むのも面白そうだ。


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