ヴァシリエフ夫妻、システマを語る。 Part1
「Embodiment Conference」にて行われた、ヴラディミア・ヴァシリエフ、ヴァレリー・ヴァシリエフ夫妻へのインタビューの日本語テキスト版。
トロント本部の許諾を得て文字起こし及び日本語化しました。音声ファイルは下記リンク先よりダウンロード可能です。誤訳を見つけた方はお知らせいただければ幸いです。
トロントでシステマを教えるまで
司会(マーク):「EmbodimentPodcast」へようこそ。これは脳神経科学に留まらない身体の理解や、自分の生き方といった包括的な内容に興味が有る方に向けた番組です。本編には実生活に役立つヒントや、ご自身で実施できるエクササイズ、専門家へのインタビュー等が含まれています。マーク・ウォルシュがホストを務めます。
ヴァレリーとヴラディミア・ヴァシリエフ夫妻です。ヴラディミアはロシア武術「システマ」の高名なインストラクターで、世界でもトップクラスです。私も彼の大ファンで、彼の下で楽しみながらシステマを学んでいます。このインタビューもとても楽しみでした。ようこそお越しくださいました。
ヴラディミア:ありがとうございます。
ヴァレリー:お招きいただきありがとうございます。
マーク:あなた方はカナダにお住まいですね?
ヴァレリー:はい、トロントです。
マーク:では、少しお話を聞かせてください。どういった経緯でトロントで教えるようになったのでしょうか? そもそも発端は?
ヴラディミア:友人が私をカナダに招待してくれました。この美しい国を観光するだけのつもりでしたが、1か月ほど経ってからでしょうか、
ヴァレリー:1990年です。
ヴラディミア:そう。1990年ですね。ロシアにいた頃から私を知っている方々がいて、システマを教えるよう頼まれました。それがやがて広まり、妻と出会い、1993年に教室を開きました。
ヴラディミアの少年時代
マーク:もう少し遡りましょう。武道に興味を持ったきっかけは?
ヴラディミア:私がですか? 子供の頃からケンカ好きでした。ケンカ好きな「素敵」な生徒が集まる学校で、互いに強さを見せつけあっていました。私のクラスには生徒が13人いて、12人はボクシングを、1人はサンボを学んでいました。私たちは大体、路上で技術を磨いたものです。格闘技を学び始めたのは13歳の頃でした。18歳で入隊するまでボクシングをやりました。入隊後に空手を初めて、除隊後も続けました。そしてシステマに至ったのです。
ヴァレリー:過酷な寄宿学校と過酷なご近所付き合い、それがきっかけです。
マーク:なるほど、過酷なご近所付き合い。だから若者は戦いを学ぼうとした。従軍経験も影響していますか?
ヴラディミア:もちろんです。ロシアでは、誰でも最低2年間は兵役に就きます。多くの面白い人々と出会い、軍務に活きる格闘技を学びました。機関銃等をどううまく使いこなすか、といったことです。
壊れた膝でハイキックは打てない
マーク:システマという非常に珍しい武術はどう関わってくるのでしょうか?
ヴラディミア:システマが非常に面白い点は、単なるマーシャルアーツに留まらないということです。とても幅広いのですが…、ひとまとめに理解することは難しく、色々なことを理解して実践する必要があります。呼吸を例にとりましょう。人は特に問題なく呼吸し続けています。ところが、練習中に打撃を受けただけで、呼吸が必要なことを理解します。1発パンチをもらっただけで戦えなくなります。「このままオムツにでもなってしまいたい」と思うほどです。システマでは、とりわけ過酷な状況での呼吸と動き方を学びます。満載の弾薬を抱えたまま、跳んだり動いたりしなければなりません。空手やボクシングと同じようにはいきません。全く別物だからです。銃弾、死体、機関銃、叫び声、射撃等といった様々な要素が関わります。突然殴りかかられたり、もしくは自分で自分を殴ったりして、順を追って学びます。ミカエル・リャブコからは、上官からよりも多くを学びました。上官は、私を蹴りつけて動かそうとするだけでしたから。
マーク:ミカエルとは軍隊でご一緒でしたか?
ヴラディミア:いいえ。除隊してからです。私はただの一兵卒でしたし、教官は「ここを攻撃しろ、そこを攻撃しろ」と言うだけでした。
マーク:「人生を捧げたい」と思うほどの、システマの魅力的な点は?
ヴラディミア:とても良い質問ですね。年を経るごとに答えは変わります。理解がより一層深まるからです。今の私は、システマを通じてより良い人になろうとしています。よりリラックスして、より健康であるということです。
マーク:格闘家の話を聞くと、こういった変遷はよく耳にします。若かりし頃に女性の気を引こうとして、格闘技を始める。それがある時点から、人格形成がモチベーションとなる。
ヴラディミア:私にとって重要なことです。空手やボクシングを学んでいた頃は、常に悩みが有りました。例えば空手だと、相手の技を強引に受けることが有ります。しかし従軍したおかげで、どれほど体を鍛えても弾丸やブーツの前では役に立たないと分かりました。動けないと攻撃を食らってしまいます。空手の立ち方を取ることは、軍務とは関係ありません。ハイキックは素晴らしい技術ですが、何マイル、何キロと走った後、足を動かせないほど疲れていたら、歩ければ十分です。それが悩みでした。技を学んでも、少し怪我したら使えない。違いますよね? 膝を壊したらハイキックはできないのに、なぜ学ぶのでしょう? 限界が有るのに。
システマの独自性
マーク:システマとは何かを話しましょう。仰るようにシステマは、例えば合気道とは全然違うものに見えます。最初私はは「オーケー、なんだこれは? 面白いぞ」と思いました。とてもリラックスして、滑らかで、型には無い創造性が有りました。では、私が聞きたがっているのはお気づきかもしれませんが、システマをシステマ足らしめるものは何でしょう? なぜシステマは空手ではないのでしょうか?
ヴラディミア:恐らく私よりも妻が理解しています。彼女の英語のほうが確かです。
ヴァレリー:システマは、ロシア語で「システム」という意味です。システマには、神経系、筋肉の繋がり、循環といった、ありとあらゆる人間系のシステムが含まれます。さらに、人生における心理面・社会面・健康面の要素も。つまり、基本的には全てが含まれています。
ヴラディミア:システマの良い点は、正しく学べることです。他人から一から十まで教わるのではなく、自分の内面と外面の両方について、日々学びます。自分が攻撃をしたり、攻撃されたりしたときの反応を観察します。色々なエゴや驕りが生まれます。「あぁ、相手をどうにかできるぞ!」これでは面白さが無くなるので、私はやりません。
先ほど「全く同じような話をする」と仰っていましたね? 年老いた達人たちは、自由さやリラクゼーションを語ります。しかしその動きはどうでしょうか? どんな技を使いますか? 彼等は充分には理解していません。例えば空手だと、年を取るとハイキックを出せませんね? 筋肉が壊れているからです。では達人はどうするのでしょうか? 私も空手やボクシングを学んだので分かります。自分の身体を壊してしまうのです。それでどうなるのでしょうか? 例えば私は60代でもうすぐ62歳になります。それでも飛び跳ねたり動いたり、どんな動き方であろうとできます。最近は少し怠けるようになりつつありますが、それでも20代の自分より上手に動けます。こうやって自分をチェックしています。
ハードワークを楽しむ
マーク:ヴラディミア、40歳の私にとっての魅力を話しても良いですか? リスナーの気付きになるかもしれません。私はキックボクシングや実践的な合気道などを習っています。システマは2つの発見が有りました。1つ目は、システマは創造的で自然で、他の武術以上に楽しく学べると感じました。創造的で自然であること、まさに人生です。驚きました。 2つ目は健康面です。オフィスで長い一日を過ごしたり、会議したりした後でも、システマに通うことができます。苦しいと感じるか楽だと感じるかは自分次第です。練習が終われば、来る前よりも気持ち良くなります。打ちのめされたと感じることは有りません。
私は呼吸を学んでおり、打合せでストレスが掛かった時に役立てています。また、姿勢についても学んでいます。これからも役立つ根源的な内容です。41歳の男性が学ぶには良いと思いました。その一方、私の傍では若者同士が殴り合いに夢中になっています。ただし、私が付き合う必要はない。そこが気に入りました。
ヴラディミア:まったく同意です。私の生徒は非常にたくさんいます。彼らは特に大変な状況ですし、私自身も大変な状況です。彼らはハードワークをただ楽しんでいます。貴方が仰ったように、クラスが終わると、彼らの気分はとても良くなります。疲れることなく常に笑顔です。外の怒りや悲しみはどこ吹く風で、より健康になることを楽しんでいます。
マーク:一日が終わり疲れ切っているときには、エナルギーを最後の一滴まで使いたくなります。 システマの創造性について話してもらえますか? 私は日本の武術・流派・型には慣れ親しんでいます。例えば合気道は、やればやるほどより創造的で自然になろうと、合気道の動きをしようとします。私は「周りはああ動いている。同じように動くにはどうしよう」と感じます。システマに出会った時「ああ、システマには全てがあるのでは」と思いました。10年修業してようやく練習を許される類ではありません。これほど完全な武術に出会えて非常に幸せです。もし自分の動きが間違っていたら気付かせてくれます。自身の創造性に耳を傾け、反応することに焦点を当てているように見えました。
ヴラディミア:少しだけ訂正させてください。私は合気道が大好きです。最初に見たときその面白さに驚きました。それはまるで、魔法と言えば良いのでしょうか? 触っただけで相手が吹き飛んでいくのです。創造性は自分の中で育っていくものです。ミカエルはこう言ってました。「観察してください。私の言葉は私のものです。自分自身で観察・理解したら自分のものになります。自分のものがある人に、私は説明します。」自分の動きを理解するということです。
マーク:その原則に引き付けられます。教え方、という意味では根本的に異なりますね。
ヴラディミア :ええ。
マーク:「これは単なる流派の違いではない、全く新しい武術だ」と思いました。
100種以上のプッシュアップ
ヴァレリー:具体的な例を挙げましょう。システマのプッシュアップです。
マーク:えぇ。
ヴァレリー:手や身体の位置、さらに呼吸が組み合わさると、最低でも100通りあります。どういう考え方をするか、内面や外面をどう感じるか。本当に様々です。あなたが仰る通り創造的であることがシステマですし、さらなる広がりがあります。
ヴラディミア:ただし、複雑にならないように。例えばプッシュアップをする理由は、シンプルでありたい、強くありたい、ということです。
マーク:システマの原則的なところが好きです。マット・ヒル(※訳者注)がその一例ですね。マットはクラスの終わりに緊張とリラックスのワークをします。彼は50通りものやり方を見せます。左半身を緊張させて右半身を緊張させて。全身100%緊張、50%緊張、25%緊張させたり。一気に全身を緊張させたり、ゆっくり緊張させていったり。最初は「はいはい。緊張とリラックス。筋肉を緩めるには良いですね。」という感じでした。けれど、もう50回はクラスに出ているのに、今までの気付きを更新することもあれば、全く新しい気付きもあります。
マットは楽しみながら創造性を働かせています。例えばプッシュアップのような、シンプルなことなのかもしれません。とても楽しみながら、より深いリラックスを得ることができます。お互いに叩き合っていても、そこに怒りは有りません。トラウマに敏感です。きちんと受容します。「トラウマを受容して、整理する」ということです。傷つくこともありませんし、質問できる風土があります。
ヴラディミア:とても良いですね。
マーク:穏やかに冷静に着々と積み上げる。頑張り過ぎる人ほど追い込まれます。トラウマを負って、結果的に恐怖から緊張してしまいます。貴方は戦いや恐怖、恐怖への対応、といったことに取り組んでいるように思います。
ヴラディミア:ちょうど昨日のクラスのことです。少し打撃をやりました。簡単に言うと、打撃を通じてストレスや、体内の悪い影響を取り除く練習です。ストライクを通じて、相手が回復するチャンスを与える練習です。
Part2へ続く
※訳者注 マットヒル…マットヒル・システマ・アカデミー主催。イギリスで精力的に活動しマスターズセミナーなどを開催。ヴラディミアがEmbodiment Conferenceに参加したのもマットの紹介によるもの)
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