ヴァシリエフ夫妻、システマを語る。 Part2
「Embodiment Conference」にて行われた、ヴラディミア・ヴァシリエフ、ヴァレリー・ヴァシリエフ夫妻へのインタビューの日本語テキスト版。
トロント本部の許諾を得て文字起こし及び日本語化しました。音声ファイルは下記リンク先よりダウンロード可能です。誤訳を見つけた方はお知らせいただければ幸いです。
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体験を受け入れる
マーク:本当に驚きました。ちょうど2週間ほど前、モスクワ本部のクラスに初めて参加しました。たまたま貴方と同名の「ヴラディミア」がいました(編注:おそらくウラジミール・ザイコフスキー)。彼のパンチを受けると、身体だけではなく、より奥まで届きました。魂まで届くようなパンチもありました。部屋の端から端まで横切ってしまうほどの衝撃でしたが、ダメージは全くありませんでした。痣ひとつありません。まるで心地よい電気ショックを受けたようでした。「このパンチは気分を悪くします。」「このパンチは貴方を活気づけます。」と、彼はまるでワインのテイスティングの如くパンチを打ちました。こんなことができるなんて思いもよりませんでした。私も格闘技を25年続けていますが、実に目を見張る思いでした。
ヴラディミア:少なくともあなたはその体験を受け入れています。それが大切です。世の中には受け入れられずに「ありえない」と言って去る人もいます。
マーク:ええ。ただ部屋を横切るために参加費を払ったのではありません。主観に基づく話なので、視聴者には分かりづらいかもしれませんね。ロシア語には「まず味わうこと」という素晴らしい格言が有ります。システマの多くの要素は、こうやって「味わう」中にあると思います。傍から見るだけでは奇妙かもしれません。YouTubeには貴方が相手をテイクダウンする動画がありますが、それも同じですね。まず自分自身で味わうこと。こういう説明はフェアでしょうか?
ヴァレリー:えぇ。自分自身で試してみなければいけません。
ヴラディミア: ええ、確かに。
マーク:システマが広まりつつある中で、誤解が有ると感じたことはありますか? 私の友人もシステマを知っていました。私とシステマの出会いは、10年前の合気道の講習会でした。それ以降もシステマは広まりつつありますが、何が誤解されているのでしょうか。
ヴラディミア:私見ですが、システマを把握するのは困難です。何故なら、自然であることを学ぶからです。自然な動き、自然な歩行、自然な呼吸。雲の中から這い出るように、少しずつ学びます。ここが分かり辛い点です。先生は、あえて生徒にテンションを与えたりしながら、技術を教えます。そうやって押しつぶされるうちに生徒は、唐突に滑らかに動けるようになります。そして笑い出します。想像してください。人が殴られているうちに、突然笑い出すのです。
マーク:私がそうでした。喜びに溢れていました。
ヴァレリー:仕込みや振り付けがあると疑う人は、少なからずいます。
ミカエルとの出会い
ヴラディミア: ミカエルとの出会いについて話しましょう。あなたはマット・ヒルから聞いているかもしれませんね。私には体格の大きい友達がいて、2人で誰彼構わずケンカを挑んでいました。ある日、ミカエルの噂を聞いたので、挑戦することにしたのです。あちこちのクラブを渡り歩き、強さを誇示しようとケンカしていました。ミカエルはそれほど大柄ではなく、ややぽっちゃりしていました。私が無礼な態度を取ると、ミカエルがこちらに来て「私と闘いたいのですか?」と聞きました。ミカエルはとても健全で、謙虚で、リラックスしていて、微笑んでいました。微笑んでいる人や、握手しに来た人を殴るのは容易ではありません。だけど我々はその雰囲気に飲まれることなく「ミカエルを殴る」と決意していました。ミカエルは「では、2人同時にかかってきなさい」と言いました。
我々が「馬鹿にしてるのか?」と聞き返しても、「いいえ、問題ありません」と言います。「どのぐらいの勢いでいけばいいか?」と聞いても、ミカエルは気にしません。これが最初の印象です。私が彼に向かって行った時、何の取り決めもありませんでした。凄い事です。通常であれば「ねぇ、ちょっとスパーリングしましょう」「フルコンタクトでスパーリングしましょう」と合意を取ります。私が衝撃を受けたのはその時のミカエルは全く…。
ヴァレリー:何も気にしていなかった?
ヴラディミア:そう! 何も気にしていませんでした。私は友人のヴラディミアに言いました。「お前はミカエルを殴れ。ミカエルが後ずさりしたら、私が頭に回し蹴りを入れる。それで終わりだ。家に帰ろう。」と。ヴラディミアがパンチを出そうとすると、ミカエルは下がりました。「今だ!」と、私は回し蹴りを出そうとしました。するとミカエルはヴラディミアの手を掴んで、彼を動かしたのです。
マーク:どこへ動かしたのですか?
ヴラディミア:私の目の前です。私の回し蹴りはヴラディミアの頭を直撃し、彼は気絶しました。驚く私をよそにミカエルは立ち去り、何事も無かったかのように他の人と話し始めました。それも驚きでした。「わぁ、どうしよう!」と慌てることなく、「オーケー。大したことじゃない」と落ち着いていたのです。
ここが誤解されやすい点です。相手が向かってくるとき、私は何も注文しませんし、そもそも気にしません。キックが来て、足がある。それだけです。そうでなければ役に立ちません。相手にあらかじめ「蹴ってきなさい」「殴ってきなさい」と注文しておいて、もし掴みかかってきたら「貴方は私を蹴ってくるはずでしょう?」と言うのだとしたら。単なる型になってしまうでしょう。
リアリズムの喪失
マーク:「反対の手で掴んでください」「こう殴ってください」「そのやり方は違います」と。実生活だとこういう風には行きませんね。
ヴラディミア:ええ。自由が失われてしまうことが問題です。内側から貴方を手助けしてくれるもの。それが失われてしまいます。
マーク:そうですね。「こうあるべき」という前提ができると、自由が失われます。同時にリアリズムも失われますね?
ヴラディミア:身体が脆くなります。
マーク:格闘技において往々にして驕りが出てしまう点です。自分だけの小さな城や基地を建てるのですが、それは非常に脆い。
ヴラディミア:とても良く分かります。
ヴァレリー:システマでは急いで動かないので、何かしら仕込んでいるように見えます。「なぜ相手は倒れるのですか?触ってすらいないのに」と。これは、インストラクターが皆リラックスして、落ち着いているからです。
マーク:慌てていない、ということでしょうか?
ヴァレリー:そうです。
ヴラディミア:疑うような人々は、殴られた経験がありません。例えばミカエルに殴られるとどうなるか、彼らは経験したことが有りません。まるで電車にぶつかったような衝撃です。
マーク:今、ヴラディミアが私を軽く叩きました。10メートル程吹き飛ばされたような感覚です。物理的に押された感覚とも違っていて、言葉で説明するのは困難です。
オフィスという戦場
さて、健康の話に戻りましょう。戦いの場でいかに殴り蹴りするか、という話を続けることもできますが、トロントやブライトンに住むような人々にとって、最も危険が潜んでいるのは日常生活です。私も兵役には就かず、平和な地域に住んでいます。我が家で最も危険なものというと、冷蔵庫がせいぜいです。何を食べるか、どう生活するか、どのくらいストレスが有るか。ストレスの度合いを踏まえると、オフィスが最も危険です。ストレスのあまり死にそうになります。今はそこまで感じませんが、これが実生活に格闘技を活かすことだと思います。つまり、健康にどう活かせるか、ということです。
ヴァレリー:このポッドキャストは沢山の人が聞いていると思うのですが、彼らとワークをしても良いでしょうか?
マーク:お願いします。きっと何千人が聞くでしょう。彼らに課題を与えてください。
ヴァレリー:ええ。では、皆さんリラックスしてください。息を吸って、吐いて。数回繰り返してください。では、今座っている人は立ち上がってください。今立っている人は座ってください。姿勢を変えて、元の体勢に戻ります。呼吸を止めずに動けましたか?
マーク:動けました。マットから教わっていたからです。
ヴァレリー:よくできました。だけど99%の人は、これほどシンプルな作業でも呼吸を止めてしまいます。つまり我々は何かしら集中すると、頻繁に、あるいは常に呼吸を止めてしまうということです。
特に恐怖やストレスを感じたら、お終いです。呼吸が止まるとネガティブな影響が拡大します。呼吸でストレスを取り除く代わりに、呼吸を止めてむしろ拡大させてしまいます。
システマの根本は、呼吸でストレスを取り除くことです。ストレスが掛かっても、それだけです。問題は有りません。我々にはストレスに対処する技術があります。
マーク:そうですね。誰でも理論的には分かりますが、システマでは実際に練習します。
ヴァレリー:そうですね。
マーク:呼吸を止めながら歩く。とてもシンプルです。マットの練習だと、よくやります。このカンファレンスに先立ってマット達と練習したのですが、その際私は言いました。「ねえ、マット。我々は別に戦いに興味は無いけれど、自分のストレスに対処できないといけないね」と。我々がやるワークはシンプルです。床の上で動いたり、呼吸を止めて歩いたり、いわゆるブリージング・ラダーを行ったり、貴方たちと同じようなことをやります。練習には、妊婦、若者、お年寄り、障害者、あらゆるタイプの方々がいます。だけど皆同じように、シンプルなワークを通じてストレスへの対処を学ぶことができます。
メンタル強化のスローエクササイズ
ヴァレリー:もう1つ、挑戦しがいのあるエクササイズをお伝えします。重量挙げを何度もできるような、健康で屈強な方にもお勧めです。ゆっくり20数えながら、快適で滑らかなプッシュアップをしてください。20数えながら身体を下げます。そして同じように20数えながら身体を持ち上げます。スクワットでもやりましょう。20数えながらゆっくりしゃがんで、20数えながら立ちます。やってみると、いかに困難か分かります。システマの練習では、こういったことを常々行います。これは筋肉ではなく、意識を育てる練習です。つまり精神を育てて、実生活に活きる強さや耐久力を身に付けます。これも我々が普段行う練習の一例です。
ヴラディミア:トレーニングを始めたてのころ、これを40カウントでやりました。私自身は運動神経は良いほうで、叩いたり、殴ったり、走ったりできたのですが、このプッシュアップで死にそうになりました。
このワークをやっていると、様々な苛立ちを感じます。先生への憎しみ、または「何故こんなことをやるんだろう」という疑問も抱きます。やがて自分の弱さに気付きます。40カウントでも20カウントでも、大した問題ではありません。やっている間は怒りを覚えますが、終わった時には体が何か異なる力で満たされたように感じます。何か別物の持久力がもたらされたようです。とても気分が良く、若返ったように感じます。それが重要です。
マーク:プッシュアップやシットアップと聞いて「古臭い体力トレーニング」だと捉える人もいるかもしれませんが、全く別物です。システマのトレーニングは精神を鍛えます。テンションの深さや、呼吸だったり。
マットが「私を憎む気持ちがあれば、それを感じてください」と言っていました。私にとって新鮮だったのは、自分を哀れんでいたことです。戦意や恐怖は感じたことが有りましたが、他に3つ目の感情がありました。 マットは「ワークを止めても構いません。ただ、自分を哀れまないように」と言っていました。そういった感情や精神の反応です。最初は自分はタフだと思っていたのに、30秒経つと自分を哀れんでいるような。
ヴラディミア:呼吸や動き方を学ぶ上で、最も難しい部分です。ゆっくりとした呼吸と、小さな動き。練習の参加者にはその方法を教えますし、私も常に行っています。
マーク:呼吸、動き、姿勢、リラクゼーション、ですね?
呼吸法の根本
ヴラディミア:まさにそうです。今は呼吸について話しましょう。ヨガ等を通じて呼吸を学ぶ人がいますが、それは1つのスタイルです。悪い事ではありませんが、空手風、あるいはボクシング風といったスタイルに過ぎません。全てを正しく学び取るには、まず根本を学ぶ必要があります。空手を学ぶことに問題は有りません。ただし、自身がどう動けるかを理解していないと、空手風のスタイルが貴方を壊してしまいます。何故、自分の腕を壊しかねないものを学ぶのでしょうか? 身体を壊したら、家族を怒らせたり悲しませたりしてしまいます。これでは夫としての役割は果たせません。
ヴァレリー:健康を害すると、家族やコミュニティ、国家といった、周囲の役に立てなくなります。
ヴラディミア:貴方の面倒は見てくれるでしょう。でも何故か? 貴方が愚かだったからです。
マーク:合気道家の友人が、よく冗談を言っていました。「本当に合気道が上手になれば、誰にも痛めつけられなくなるだろうね。ただ、そのためには20年かけて自分で自分を痛めつけないと。」意味がありませんよね? 私は20年かけて自分を痛めつけるよりも、相手に1度痛めつけられる方を選びます。
ヴラディミア:とても良いですね。
家庭と格闘技
マーク:家族、コミュニティ、国等を踏まえている点を好ましく思います。道場に引き籠っている夢見がちな格闘家とは違います。ウィリアム・スミス先生も素晴らしい方でした。「家族と夏休みを過ごすか、合気道の夏合宿に出るかを選べるなら、家族と過ごしましょう。合宿を選ぶのは馬鹿げています。まずは家族です」と仰っています。格闘家の中には、夢見がちだったり、どこか別の世界に住んでいるように振る舞う人がいます。
また、貴方たちが夫婦として、コミュニティや家族について話す点も好ましく思っています。結婚生活、家族、全てを犠牲にして強くなることに、一体どんな価値があるのでしょう? より広い視野を踏まえて、貴方にとって格闘技とは何か教えて頂けますか?
ヴラディミア:とても良い質問です。私自身の話をしましょう。妻と出会った時、すでにシステマを学んでいました。彼女はシステマを学んでいる私と出会い、だからこそ私を愛してくれました。彼女は「夫に『システマに行くな』とは言わない」と決意してくれました。私だったら、同じように決意できないでしょうね。家庭を築くには、上手にバランスをとる必要があります。夫が何か学ぶ必要があるなら、許してあげて下さい。貴方が愛しているのは、その…。
ヴァレリー:システマを学んでいる夫です。それが人生の一部であれば、サポートしてあげてください。
ヴラディミア:格闘技から距離を置きすぎると、弱くなり、時には苛立ちを覚えるようになってしまいます。格闘技よりも妻を愛するのは当然ですが、時にはこっそりと練習してください。
Part3につづく
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