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ウイスキー人気はどこから来て、今後どこへ向かうのか

ウイスキーブームと言われる昨今、値段の上昇も激しくなっていますが、少し状況が変わってきた気もしてきています。

何でこんなにウイスキーが人気になったのか。
ウイスキー人気は今後も続くのか。

この二つの問いについてずっと考えてきて、ようやく「こういうことでは?」と自分なりに納得できる答えにたどり着いた気がするので、まとめてみました。

昔からあったサウナが「再発見」された流れとは

ウイスキーもサウナもどちらも昔から、おじさんたちの娯楽として存在していました。ですが昭和60年代、1980年代から30年近く、どちらも注目を浴びることはありませんでした。おじさんたちはその良さを下の世代に伝えることはあまりなかったからです。そして、若い世代もあまり興味を持たなかったので、どちらも忘れられて「オワコン」化していました。

ご存知の通り、サウナもウイスキーもここ数年間で大ブレイクしています。

サウナがブレイクした理由は、タナカカツキ氏によるサウナ伝道記「サ道」の出版によるところが大きいと言われています。

「サ道」を読むと、サウナで「ととのう」のがどれぐらい気持ちいいのか、どうやったら「ととのい」が得られるのかが言語化されています。これまでは、サウナ好きなおじさんに出会い、そのおじさんに「だまされたと思ってサウナ行ってみなよ」と言われて素直に信じた人しか知り得なかった知識を、「サ道」を手にして読めば誰でも得ることができるようになりました。

そもそも普通に生きているだけでは、「サウナってこんなによさそう、行ってみたい」と思わせられるような機会は巡ってきません。ですが、「サ道」を読むと「ちょっとおっかないけど、そんなにいいものなら一度行ってみようか」という気にさせられます。

その上、イマドキ一番大事なことかもしれませんが、「サ道」には水風呂に入る際のマナーなどの「サウナでの(暗黙の)ルール」についても解説があります。「サ道」を読めば、初めてサウナに行った人でも、常連さんに迷惑をかけないための知恵と知識が得られるようになっています。

今まで覗いてみたことがなくやや恐ろしげな、オヤジの砦のような「サウナ」という空間に初めて突入する前には、相当な事前の下準備がいる気がしたものですが、「サ道」によって、初サウナチャレンジの心理的ハードルが大きく下がりました。

そして、初サウナチャレンジという大きなハードルを乗り越えた人たちの多くが、その気持ちよさに気付かされてリピーター化し、その良さを周りに熱く語り、SNSなどで拡散するという流れができました。

つまり、サウナが「再発見」された理由は、その魅力が言語化されたことである気がします。

ウイスキーの「再発見」も言語化が進んだことによる

昭和のおじさんたちの嗜みの一つだったウイスキーも、サウナ同様長い間「オワコン」化していて、若い世代が楽しみ方を「再発見」するのには長い時間がかかりました。

「サ道」のようにわかりやすい入門書が爆発的にヒットしたのがきっかけになったわけではありません。ですが一つの大きなきっかけは、山崎シェリーカスクが世界一のウイスキーに輝いたと話題になったタイミングで、NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」が偶然にもちょうど放映されていたことです。いうまでもないですが、ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝とその妻リタの生涯を描いたドラマです。

「マッサン」の平均視聴率は、大ヒットした「あまちゃん」同様20%を超えたと言います。朝からお茶の間でウイスキーの話題で盛り上がり、「オワコン」化していたウイスキーというお酒に改めて注目が集まったと同時に、ウイスキーづくりに苦労する描写などを見て、ウイスキーに対する知識の下地ができました*1。

それ以前から、私自身も含めてウイスキーを「再発見」していた物好きな少数の人たちの中で、情報交換のツールとしてインターネットのブログやTwitter、Facebookが活用されていました。そして「マッサン」をきっかけにしてウイスキーに興味を持った人が、インターネットやSNS、特にTwitterをのぞけば、そこではさまざまなウイスキーボトルの魅力が(今ほどではないですが)少しずつ言語化されていて、多種多様な情報を得られるようになっていました。

サウナと同様に、言語化が進んだことで、入口のハードルが大きく下がったのではないかと思われます。

ウイスキー、特にシングルカスクのウイスキーを、そもそも「このウイスキーが美味い」と一般化して語るのはとても難しいことです。それは、ワインと比較するととてもよくわかります。

例えばワインの場合、「95年はグレートヴィンテージでその中でもボルドーは素晴らしい」などという共通の認識があります。その認識にのっとれば、ハズレを引く例が全くないとは言いませんが、まあ大きくやらかすことはあまりありません。

ですが、ウイスキーの場合「1988年のラフロイグは素晴らしい」「1996年のベンネヴィスは当たり年だ」などと言われますが、「95年のアイラは素晴らしい」というように地域で一般化されて「グレートヴィンテージ」と言われることはあまりなく、同じ蒸溜所の同じヴィンテージのカスクであっても、個別性、特異性が強く、はっきりと当たり外れがあります。

私自身も、年がら年中「この97ボウモアシェリーバット2022年詰め52.3%のBBRは美味いだろうか」などと、買うかどうかひたすら悩んだりします。同じヴィンテージの同じ蒸溜所の似たようなカスクナンバーのボトルを飲んでよかった記憶があっても、外れる可能性があるからです。

ですので、オフィシャルボトル以外のものではどれを飲んだらいいのかなかなかわからない、というのも無理はありません。

また、いわゆるオフィシャルボトルの「ラフロイグ」「マッカラン」「タリスカー」などで、「こっちがピートがきついけどこっちはノンピート」「これはシェリー樽熟成でこっちはバーボン」とか呪文のようなことを言われても、飲んだことない人にとっては全くピンときません。

ウイスキーの値段は上がっているので、高いお金を払ってまだよくわからないウイスキーというものを飲んだり買ったりするのなら、当然ハズレは引きたくないと思うのは人情です。だからウイスキー通の人たちが「この蒸溜所のこのボトル飲んで美味かった」的な情報を言語化してTwitterで上げているのを見たウイスキー初心者の人が、そのボトルをバーで試してみて「美味しかった!」とつぶやいているのをみたら、他の初心者の人も「じゃあまずそれから飲んでみよう」、となるのは非常に自然な流れのように思われます。

つまり、情報が言語化されてインターネットやSNSで簡単に入手できるようになったおかげで*2、「どれから飲んだらいいのかわからなくて、難しいし失敗したくないし外すと高くつきそうだから飲むのやめとく」という心理的ハードルが大きく下がり、「じゃあ試しにウイスキー飲んでみよう」となり、飲んで見た結果多くの人たちがその良さに気付き、奥深さを知って沼にはまった、という流れがあったのではないか、と思います。

そしてこの流れは、サウナブームが到来した流れととても似ている、というのが私が感じていることです。

さまざまあるSNSの中で、ウイスキー界隈でのコミュニケーションのプラットフォームとして使われるのはTwitterの比重が高いことも、「言語化が進んだことでウイスキーブームが拡大した」という私の仮説を裏付ける一つの証拠なのではないかと思います。

また、香味に特徴がある一部の地域・蒸溜所のウイスキーの人気が高いのも、言語化しやすさが一因なのではないかという気もします。

そして、ウイスキー人気の高まりによって需要が増え、ウイスキーの値段が押し上げられました。バーで提供されるウイスキーが、15mlで2000円などというプライシングになることも、別に珍しいことではなくなりました。冷静に考えると、数杯飲むとかなりいい食事ができるようなお金を、ウイスキーに費やす人たちが増えたということです。普通の人にとってはもちろん、勉強熱心なウイスキー好きにとっても、ややしんどい値段だと思います。

限られた可処分所得の中から、高いお金払ってウイスキーを飲むなら、当然失敗したくない。そうなると、いきなり冒険するよりは、インフルエンサーが「美味い」といったものや、わかりやすいもの(=言語化されていて自分の好みに合いそうなもの)を飲みたくなるのは自然なことです。

言語化が進み、情報が入手しやすくなるにつれて、ウイスキーブームが拡大し、価格が上昇している中でも需要もさらに増えていて、それが一部の銘柄に集中しているように見えるのは、こういう仕組みなのではないかと私は理解しています。

欧州市場では高額品の売れ行きが鈍ってきているように見える

最近海外、特にドイツのウイスキーショップのHPを覗いていると、「あれこんないいスペックで飲んだら絶対美味そうな有名蒸溜所のボトル、まだ何本も残っていて買えるんだ」とびっくりするケースが増えてきています。

特にその傾向が目につくのが、400ユーロ以上、日本円で65000円以上のレンジのボトルです。

イギリスのショップから日本にウイスキーの個人輸入をするのは比較的簡単です。それに比べるとドイツのショップのボトルを、日本から個人輸入するのは結構ハードルが高いです。

そもそもドイツ国外に発送していないところがかなり多いですし、日本に送ってくれるところを運良く見つけられても、クレジットカードが使えなくてPayPalを使わなければならず、追加チャージが6%かかったりするので、実質的に海外の銀行に送金しなければならないケースもよくあります。海外への振込は大変です。またHPもドイツ語でしか作られていないケースもたくさんあります。

ですが、ドイツ市場ではシェリー系が人気なので、ドイツ限定で良さそうなシェリー樽熟成のボトルがよく売られています。

「なんでこんなものまだ買えるんだ」というボトルがたまたまドイツの友人が働いているインポーター向けに詰められたボトルだったので、彼に「なんでなの?」と聞いてみたら、こんな返事が返ってきました。

「ウイスキー人気はまだヨーロッパでも続いているんだけど、状況がちょっとずつ変わりつつある。こんなボトルは、去年や一昨年だったら一瞬にして売り切れてた。だけど、今は状況が変わった。冬になってウクライナ情勢のせいでドイツでは燃料や食品をはじめ、生活費ががめちゃくちゃ高くなった。物の値段だけじゃなくてサービスの値段も大幅に上がってる割には給料は変わらないので、可処分所得が減ってる。だから、ウイスキーみたいな贅沢な嗜好品にお金をガンガン使うって感じじゃなくなってる。」

ドイツはロシアにエネルギーの大半を依存していた国ですので、経済制裁でロシアからの天然ガス輸入を止めれば当然大きな影響が出ることは前からわかっていたことではあります。ですが実際に寒い冬になって、送られてくる光熱費の請求書を見たら、贅沢品にお金を使う気が失せた、ということなのだと思います。そしてそのせいで、主にドイツ市場中心に売られているそこそこの価格帯のウイスキーに、荷もたれ感が出てきている、ということだと理解しています。

そしてイギリスのショップのHPを見ても、たとえば昔だったら一瞬にして売り切れてしまっていたであろう、ちゃんとしたボトラーが詰めた2001年蒸留のシェリーカスクボウモア21年が395ポンドで売れ残っていたりします。

この価格高騰は持続可能なのか

少し前だったら一瞬にして売り切れてしまっていたようなウイスキーの売れ行きが落ちてきているように見えますが、これはウイスキーバブルの崩壊の予兆なのでしょうか。

根拠なく感想や雰囲気を語って「バブルが崩壊しそうだ」「いや大丈夫」などと煽りたくはありませんので、まずはデータを見ていくことにします。

2月10日、SWA(スコッチウイスキー協会)が2022年の輸出統計を発表しました。スコッチウイスキーの輸出額が2022年に史上初めて60億ポンドを超えた、と伝えられています。

コロナ以前の2019年と比べても、輸出額は12.8億ポンド、26%増加しています。単価上昇の影響を除いても、スコッチウイスキー人気は確実に拡大していると言えると思います。

その統計資料からの抜粋が、以下の2022年のスコッチウイスキーの輸出先金額別トップ10、ボリューム別トップ10になります。

SWA(スコッチウイスキー協会)によると、2022年にはスコッチウイスキーの輸出額が初めて60億ポンドを超えたとのこと
(出所 https://www.scotch-whisky.org.uk/newsroom/scotch-whisky-exports-2022/)

コロナからの正常化が進み、どの市場もとてつもなく伸びているのがお分かりになるかと思います。

見てみると、インドの伸びが強烈なことに気付かされます。金額ベースでも前年比93%増、ボリュームベースでも60%増で、高価格帯に移行しているのがわかります。
インドではウイスキーの関税が150%と強烈に高いのに、これだけ輸入が増えているのはすごいことです。豊かになれば、より高級な嗜好品を求める、というのはどの国でも起こることなのでしょう。

実は、イギリスとインドの間には自由貿易協定があり、将来スコッチウイスキーの関税は、現在の150%から30%まで引き下げられる予定になっています。

仮に関税が大きく下がれば、世界で一番人口がいて、世界で一番ウイスキーを消費している国の人たちは、こぞってスコッチウイスキーを買うでしょう。

なぜなら、今イギリスで1万円で売られているウイスキーは、インドに輸入された時点で1万5千円の関税がかかり、インドでの売値は2万5千円になってしまいますが、税率が30%まで下がれば、およそ半分の値段の1万3千円で手に入るようになるのですから。

現在のインド国内でのスコッチウイスキーの市場シェアはわずか2%。関税が下がれば、これが10倍の20%になっても全く驚きません。インド一国だけで30億ポンド近く輸出されるかもしれない、ということです。2022年のスコッチウイスキーの総輸出額が60億ポンドなので、恐ろしい数字だと言えます。

シンガポール・台湾・中国のいわゆるグレーターチャイナも、ウイスキーを半端なく消費しています。金額ベースではそれぞれ世界3位、4位・6位なのにボリュームベースでは圏外。ということは、それらの国では単価のめちゃ高いスコッチウイスキーを購入したということが言えます*3。特に中国の大都市ではコロナでロックダウンが続いていたのですから驚きです。

日本はブレンディッドウイスキー生産用のバルクウイスキーの輸入が多いせいで、ボリューム別順位が価格別順位よりも上に来ているのだと思われます。

輸出額の推移はこのツイートの動画の通りとなります。

イギリス貿易産業省のナイジェル・ハドルストン大臣のコメントによると、自由貿易協定締結国の拡大で新市場を切り開き、スコッチウイスキーの輸出額を拡大していく、とのこと。まだまだ伸びしろはありそうです。

ウイスキー価格高騰には、原材料費の上昇などの要因もあります。
それについては前回の記事で述べたので今回は触れません。

海外でも、ウイスキーの魅力の言語化の流れは進んでいるのは間違いありません。また今、大手生産者のディアジオなどが一生懸命力を入れている、ウイスキー蒸溜所にきてもらってファンになってもらおうというウイスキーツーリズムと、それによって蒸溜所ツアーで得られた情報をSNSでアップする人が増えることなども、その流れをさらに後押しするはずです。

日本の蒸溜所では、英語と中国語でのPR(=言語化)の巧拙が勝ち組とそれ以外の運命を分けるかもしれません。また、日本では無名だがインドや中国ではビッグネーム、などというジャパニーズウイスキーが出てきても全くおかしくありません。

これまでの議論をまとめると、ウイスキーの値段が一時的に値下がりすることはあっても、それは行き過ぎた価格高騰の修正・調整に過ぎず、いいものはずっと今の高値のまま、あるいはもっと値段が上がってもおかしくないのではないか、という気がします。

サウナと一緒で、若い世代の人たちが一度好きになったら、健康に問題が起きない限り今後数十年間、ずっと好きでい続けるのではないか、と思うからです。嗜好品ですので、美味しいものの味を知ってしまえば、値段が安いからといって不味いものを代わりに飲むというのも考えにくいです。

舌が肥えてきた人たちの「選球眼」が厳しくなり、同じお金を使っても、質が重視されて飲む量が減るのではないか、業界で今よく使われる言葉で言うと単価の高い酒に徐々に移行していく「プレミアム化」がゆっくり進んでいくのではないかと思います。

そういう意味では、「雰囲気美人」(失礼!)的な「なんちゃって」な感じのリリースしか出てこないような中途半端な蒸溜所やボトラーにとっては、厳しい世の中になるかもしれません。

2023年のウイスキーの価格は、2022年対比で落ち着いた年になるように思われますが、以上のような理由からそこまで大きな下振れは起こらないのではないか、というのが私の考えです。



*1  連続テレビ小説「マッサン」放映によりニッカの売り上げがどれぐらい増えたのかを以前ブログの記事で取り上げたことがあるが、めちゃくちゃ明確に売り上げが激増していたのでグラフを作ったことがある、詳細は以下の過去記事参照

*2 SNSなどでの断片的な情報は増えて言語化は進んだものの、新たな世代のドリンカーによる体系的なウイスキー論はまだ出てきていないせいもあって、旧世代のT氏やY氏がいまだ「昔取った杵柄」で商売をしているとも言える

*3 正直全て消費されているというより相当量が投資/投機目的の気もしなくはない


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