【パロディ】我輩は駒である
我輩は駒である。名前はもうある。玉将である。
どこで生まれたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗い駒袋の中から取り出された事だけは記憶している。我輩はここで初めて人間というものを見た。然もあとで聞くとそれは棋士という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。この棋士というのは我々を将棋盤に叩き付けたり、時々対局に負けて歯形をつけて床に放り投げたりするという話である。但しその当時は何という考えもなかったから別段恐ろしいとも思わなかった。只彼の指でつままれてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。その後将棋盤に叩き付けられた時には痛くて思わず大声を出しそうになった。もっと優しく指せないものかと思ったものだが、2筋にいた歩に言わせればそんなのはまだ序の口らしいので驚きである。歩曰く我輩は駒台の上に乗せられないだけまだ幸せなのだそうだ。しかし我輩を6八や7八に持っていく時金将や銀将の頭に我輩のお尻をパシッと擦りつけるのには甚だ閉口する。金将や銀将も迷惑との事。歩に聞いたらそんなことは経験がないらしいのでこれは我輩だけの悩みのようだ。
我輩の主人は滅多に我輩と顔を合わせる事がない。職業は棋士のくせにだ。将棋連盟から帰ってくると書斎に入ったきり殆ど出てくる事がない。家のものは大変な勉強家だと思っている。当人も勉強家であるかの如く見せている。然し実際は家のものが言うような研究熱心ではない。我輩は時々駒袋の中から彼を覗いて見るが、彼はよく昼寝をしている事がある。時々読みかけてある棋書の上に涎をたらしている。彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活発な兆候を現している。その癖に大飯を食う。大飯を食った後で胃薬を飲む。飲んだ後で棋書をひろげる。2、3ページ読むと眠くなる。涎を本の上へ垂らす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。我輩は駒ながら時々考える事がある。棋士というものは実に楽なものだ。人間と生まれたら棋士となるに限る。こんなに寝ていて勤まるものなら駒にでも出来ないことはないと。それでも主人に言わせると棋士ほどつらいものはないそうで彼は友達が来る度に何とかかんとか不平を鳴らしている。
我輩がこの家に来た当時は、主人以外のものには甚だ不人望であった。如何に珍重されなかったかは、今日に至るまで主人以外誰一人として磨いてくれなかったのでも分かる。我輩は仕方がないから、出来る限り我輩を磨いてくれる主人に忠義を尽くすようにしている。これはあながち主人が好きという訳ではないがやむを得んのである。只主人ももう少し将棋が強ければ我輩も忠義の尽くし甲斐があるというものだがはっきり言って弱い。この間などは奨励会員と練習将棋をやって3連敗を喫した。へらへらと言い訳をしていた時には我輩もいたく失望したものである。
我輩は人間と同居して彼らを観察すればする程、彼らはわがままなものだと断言せざるを得ない様になった。殊に我輩が時々同衾する子供の如きに至っては言語道断である。彼らは「山崩し」や「廻り将棋」のような下品で低俗なゲームでしか我輩を使用しないのである。これがせめて「はさみ将棋」であるのならまだ合点もいくのであるのだが、この我輩を歩やら香などと一緒に扱われるのはどうにも勘弁がならない。曲がりなりにも我輩はれっきとした彫り駒である。書体も権中納言水無瀬兼成によって書かれ「将棋駒の銘は水無瀬家の筆をもって宝とす」とまで言われた由緒正しい水無瀬書体である。その我輩が何故ゆえに「山崩し」で使用されねばならぬのか。これをかの水無瀬兼成が見たならばきっと嘆くに違いあるまい。只これもまた金将によれば我輩は彼に比べれば全然幸福だそうだ。「廻り将棋」で毎回毎回投げられ転がされ、痛くて誰かに代わって欲しいと嘆いていた。我輩が裏が白いのは君だけだから仕方が無い、これが銀将ならば表裏が解り難いではないかと慰めると、貴方だって裏が白いじゃないですかと抜かす。我輩は若干ムッとしながらも我輩は王将と合わせても2枚しかないから代わりは出来ないと言うと、それじゃ6枚でローテーション制にしましょうよと提案してくる。この時には我輩もさすがに怒り、君は元来我輩の部下ではないか、我輩がいくら優しいからと言って甘えすぎではないのかと説教をしてやったら金将も反省していたが、我々の結束までも損なう危機的状況であった。全く人間の中でも子供というものは度し難い種族である。我輩が人間に生まれ変わっても子供にだけはなりたくないものである。
(続く)
小説が面白いと思ったら、スキしてもらえれば嬉しいです。 講談社から「虫とりのうた」、「赤い蟷螂」、「幼虫旅館」が出版されているので、もしよろしければ! (怖い話です)