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【講評】デジカメがやっと我が家にも来るぞ!

この小説はエンターテインメント小説というより、純文学だと思うので、私が審査するには荷が重いのですが、純文学はみこちゃん自身が審査委員をしているので、私が講評させていただきます。
もしかしたら、エンターテインメント小説としての講評になってしまうかもしれませんが、ご了承ください。

感動して泣ける作品である。
高校三年生になっていじめを受けるようになった主人公が、両親に悟らせないように、急に明るく振る舞うようになる。
カメラが趣味の父親は、デジタルカメラに馴染めず、主人公が思春期に入ってからは写真を撮らなくなっていたが、主人公が急に明るくなって以来、再び写真をたくさん撮るようになる。
そして主人公がいじめに耐え抜いた卒業式の帰りに、両親も明るく振る舞う演技をしていたと聞かされ、主人公は泣き崩れる。
やがて父親が「デジカメってのを買おうと思うんだ」と言う。父親と話していた主人公は、今までのように演技ではなく、自然に両親と話せていることに気づく。
家族三人の演技はこれで終わり、家族は未来に向かって新しく歩き始める。

まず冒頭部分だが、非常にいい。
というか、作者は小説にとって冒頭部がいかに大切かということをわかって、この冒頭の一文にしたと思う。

 ある日突然、学校でいじめを受けるようになってから、私はとても明るくなった。

いじめを受けるようになったのに、なんで明るくなるの? と疑問を抱く。
この文で読者の気持ちは「なぜ?」から始まるので、続きを読みたくなる。そして続きを読んで理由を知る。
漫才で言う「つかみ」は完全にOKである。
小説を書く方は(自分も含めて)、この冒頭部を見本にしたらよいと思う。

次に内容であるが、カメラや演技(舞台)を使って家族の絆を表現するところも達者である。

「デジカメってのを買おうと思うんだ」

このセリフも個人的に好きだ。この言葉に父親のさまざまな心情が含まれている。演技し続けた過去との決別。未来への想い。

しかも途中で「思い出がいっぱい」の曲は反則だ(いい意味で)。
この曲は私も好きなので、涙腺が緩んでしまう。小説とはいえ、noteなので、ここは加点材料にしてもよいのかな?
読後感も非常にいいし、テーマもしっかりしている。

ただ、小説の審査なので、褒めてばかりはいられず、厳しいことも言わなければならない。

2点気になる点があった。

気になったのが、題名の「デジカメがやっと我が家にも来るぞ!」。
この題名はどちらかというと、ユーモア小説のような響きを持っているように私には感じられたので、もっといい題名があったのではないかと思う。
文中出てくる父親のセリフの「デジカメってのを買おうと思うんだ」でもいいかもしれない(これでもイマイチだと思うが)。
ほかにもっとよい題名はないだろうか。

また、この小説は2620文字だ。3000文字までには、あと400字近く書ける。
だとしたら、高校三年生時の両親との具体的な会話の描写があったほうが、最後にもっと泣けるのではないかと思った。
または、いじめの生々しい場面を書くなど、前半部分で主人公が苦しむさまを描写したら、最後の部分が盛り上がるのではないかとも思った。
ただ、加筆したら、加筆した部分が目立ち、テーマがぼやける可能性もあるので、非常に難しいところ。
ただ、あと400字使って、もう少しなにかを書いて欲しかった。

以上が気になった点である。

長所として、文章がとても読みやすい。
初心者の小説でありがちなのが、「描写に趣向を凝らしたつもりなのだが、表現が上滑りしている」というのがある。本人は独特の表現をしたつもりだが、形容詞や動詞が増えて一文が非常に長かったり、普段使わないような難しい言葉を使って、その部分が悪目立ちしたり。
読者にしてみれば、「ヘンテコな表現だな」と思う。結果読みづらくなる。
この小説はそんなところが一切ない。平易な表現で見事に心情などを表現している。

三人で道路に小一時間ほど座り込んでいた。奇異な目で通り過ぎる人が見ていた。まるで、美しい風景が映画のフィルムを回すように目の前を通り過ぎていった。

別に難しい言葉など一切使わずに、主人公の心情と情景を描写している。
あえて言うなら「美しい」を違った表現にしたほうがよかった。

デジカメじゃない古い骨董品のカメラで写真を撮っていて、目立っていた。

こういう描写もいい。主人公の父親の性格が行動によって表れている。

 でも、舞台の贋物の崇高な時空間の中で、私達家族は現実以上のものを味わったのだ。

 過ぎていくその風景の中に、またあたらしい家族の時間が生まれていく。

この作者のすごいところは、難しい単語を一切使わないで、こういう表現がさらりとできるところだと思う。

最後に、私が最も共感する点。
「この小説で作者がなにを伝えたいのかがはっきりしている」
ということだ。
一般的に言う「テーマ」だろうか。
これがない小説は読んでいて苦痛でしかない。
読み終わった後、「なにが言いたかったの? ただ単に文章が書きたかっただけなの?」になってしまう。
そういった意味では、この小説は骨子がしっかりしていると思う。
骨子のしっかりしている小説は読後感がよい。

小説が面白いと思ったら、スキしてもらえれば嬉しいです。 講談社から「虫とりのうた」、「赤い蟷螂」、「幼虫旅館」が出版されているので、もしよろしければ! (怖い話です)