![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/135049722/rectangle_large_type_2_4ca6142ab0cbfa95ac88cd1004e08f7d.png?width=800)
001.Cによる話
『隣に住んでる■■兄ちゃん』
……ええと、まあ、その。
百物語やから怖い話……って思ったんすけど、そんな手持ちなくて。
でも初っ端からヒトコワ系選ぶのも無粋かなあっていう、そういう感じで……とりあえず俺としてはそんな怖くはないけど、一番あれ何なんやろうって話をしようと思います。
……地元、大阪なんですけど、もっと遡ると母方の祖父の家がもっとこう、奈良とかそっち寄りなんですね。
まあ土地は別にどうでもよくて、ただ俺めっちゃじいちゃん子なんすよ。子供の頃は年末年始と夏休みは必ずじいちゃんちで過ごしてたし、中学に上がってある程度自由にできることが増えると長期休暇にはひとりで電車とバス乗り継いでじいちゃんの家まで向かってて。
で、隣家まで行って帰ってくる往復だけで一日分の体力持っていかれるような、ほんまのド田舎なんですることがない。
暇と言えば暇ですけど、オタク陰キャなんでそれくらいでちょうど良かったんすよ。
ばあちゃんは俺が赤ん坊の頃亡くなってしまって、じいちゃん一人暮らしで心配やったのも少しあります。
聞いてたら察しがつくと思うんすけどハッキリ言うてもう末期の限界集落なんで、学校のたぐいももうそこらにはなくて、てか当時の俺より幼い人間があの村に居らんかったんです。
子ども居る家庭はみんなもう少し街の方に引っ越したあとやったんで、子どもの姿は物珍しいというよりは居るはずないものなんですよ。
でも、俺が適当に、あとで絵ェ描くときに資料にでもなるやろうと思ってそこらのあぜ道をインスタントカメラで撮りながら歩いてると、■■兄ちゃんは声をかけてきた。
どこの子や、って言われて一瞬頭バグりましたよ。
子どもが居ないはずの土地で、よそから来てる当時十三か十四歳の俺と同じくらいの男の子から声かけられたんですから。
「どこの子や君は」
なんか、なんやろうな、見た目としては全体的に細くて、色白で、髪は少し伸ばしっぱなしなのかなという伸び方をしているけど綺麗な髪してて、黒目がちでニコニコしている、子。です。
不気味さとかは別にないですよ、むしろ妙に優しそうというか。
自分でもなんでか分かれへんけども「この人は悪いことは考えてへんやろ」みたいな、妙な安心感がある、んですよ。
なんで俺は、林千年と言います祖父の家に帰省してますーて正直に答えて、続けて祖父の……ああそうすね、母方の旧姓も言いました。
すると■■兄ちゃんはどうも隣家の息子であるらしい。俺が挨拶したことあるのとは逆方向のお隣さんであるらしかった。
「今度遊びに来たらええわ。カステラあるよ」
「すいません、卵アレルギーなんで」
「アレルギー? ええ、そうなんや。大変やねえ千年くん。卵があかんとなると食べられるもん少ないやろ?」
「まあ、そうすね」
「スイカは?」
「好きです」
「ほな遊びに来るときはスイカ冷やしとくね」
……みたいな、ほんまつくづく優しいだけのしょうもない会話をして、夏休みの思い出になったんですよ。
それから夏休みに単身で帰っても年末年始に家族で帰っても■■兄ちゃんは絶対姿を見せるようになって、なんか知らん間に一緒に年越ししとるんすわ。
おとんもおかんも妹も、じいちゃんすら、今まで影も形もなかった■■兄ちゃんと当然のように年越し蕎麦食うてる。
俺も、なんかそれで良かったというか。
疑問を抱かないでもなかったけど、せいぜい「■■兄ちゃんいつの間に!」って笑いながら指摘してまうような、それくらいで。
ほんまに当たり前に居ったし、ほんまに普通に馴染んでて、普通に楽しかったんですよ。
イマイチ伝わらへんかも知らんけど、「■■兄ちゃんが家族に紛れ込んでる違和感」というものは「みんなで一緒に過ごす年末年始の楽しさ」の前ではずっとずっと弱かったんです。
夏休みも同じでした。
ひとりでじいちゃんち行って、最寄りのバス停にはじいちゃんの軽トラが迎えに来てて、じいちゃんち着いてから荷物置いて外に出ると今度は■■兄ちゃんが迎えに来てて、地味やけど楽しい時間過ごしてっていう。そんだけで。
でも高校入ると結構忙しくなって、部活忙しくなったりバイト入ってたりでそんな気軽に帰ったり、帰ったとしても遊び呆けてはおれんくなるわけやないすか。
で、電話口で■■兄ちゃんに今年帰れそうにないねんなぁ、と言うたところで「そういえば■■兄ちゃんはいつ受験なり就職なりしたんやろうか?」と疑問に思った。
そういえば■■兄ちゃんはそもそも体格も髪型もひとつも変わってない、いつ見ても変わらない。もう何年あの声変わりの予兆が見られるだけの甲高い声で話し続けているだろう? って。
まあそれでも不気味という感じではなくて、不思議やなあと思って。
大変やなあ千年、頑張りやあとか言うてる■■兄ちゃんにその場で聞いてみたんすよ。
■■兄ちゃんて何者? って。
「なにもんて、何が?」
「いや、■■兄ちゃん、全然歳食わへんし。てかなんにも変化ないやん。冬場に制服のブレザーか夏場にシャツかくらいで」
「ああ、うーん。そうやねえ」
■■兄ちゃんは心底困ったって感じでしばらく言い淀んで、俺もなんか悪いこと聞いてしまったみたいな罪悪感があって別に答えんでええよとか言うて謝ろうかと思ったんすけど、その前に■■兄ちゃんが言うたんすよ。
「ごめんねえ。悪いことは考えてへんから、堪忍ねえ」
……っていう。はい。
いや、それだけです。オチとかなくてすんません。
あー……強いて言うなら■■兄ちゃんが話してた通ってる中学校、調べたら存在しなかったんすよ。廃校になったとかでもなくそもそもそういう名前の学校がなかった。なんで、まあ、幽霊のたぐいではないかなあとは思うんすけど。
今?
今は、じいちゃんがもう歳なんで体壊して大阪の方の病院に移って、■■兄ちゃんもそのまま。
はい。地元帰ると居ますよ。
あのまんま、ふつーに。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?