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この映画を観ても政治を笑えるか『なぜ君は総理大臣になれないのか』

コロナウイルスへの対応、東京都知事選挙など政治や政治家のパーソナリティに改めて注目が集まっている中、『なぜ君は総理大臣になれないのか』というドキュメンタリー映画を観てきました。今作が非常に素晴らしい作品だったので、感想をまとめてみようとキーボードを叩いています。

■主人公選びの秀逸性

この映画でドキュメンタリーの対象となっているのは小川淳也衆議院議員。2003年に香川1区、民主党から立候補し落選。郵政解散と言われた2005年に再度立候補すると、小選挙区では敗れるも比例復活。5期連続当選(小選挙区では2009年の政権交代選挙のみ。残りは比例復活。これが小川議員にとって大きな足かせとなります)。希望の党を経て、現在は無所属、立憲民主党の会派で活動中です。

どうして小川議員がドキュメンタリーの対象となったのか。作中で「監督の奥様の同級生が家族の猛反対を押し切って出馬したことに興味を持って」と明かされています。


こうしたたまたまのきっかけとはいえ、総務省の官僚という安定した地位を捨て、32歳という若さで野党から立候補。しかも2009年の政権交代では政務官として与党も経験している。最側近を自任していた当時の民進党前原代表が希望の党に合流を発表し、その流れに一議員としては抵抗できずに参加するという近年の政治状況の波をほとんど経験している代議士をターゲットにしている。


さらに面白いのは小川議員が政策至上主義(ご本人がどう思っているかは分かりませんが)を貫き、権力や栄華を誇りたいといった我々がイメージする政治家とはかけ離れているところです。自分が掲げる政策を実現させるためには権力が必要、それなのに権力欲をあまり感じないのです。とにかく国家、国民のために自分の政策をやりたい。そんな政治家を題材にしています。


これが政権与党しか経験していない、具体的にいえば自民党の政治家や、政権を取ることが現実的ではなく、与党を経験していない政治家であれば、何も感じなかったかもしれません。前者は内閣、党の指示に従って活動をしていれば小川議員のような苦労はないでしょう。後者でいれば与党をただ批判していれば支持者はついてきてくれるでしょう。でも小川議員は上述の通り、与党も経験しているし、野党共闘の流れの中で苦しむ一議員としての苦悩がある。その様子があまりにもリアルで引き付けられるのです。


■政治家の家族の苦悩

今作では小川議員の家族にも焦点が当てられています。両親、妻、2人の娘。母親は「息子を返してほしい(政治の世界からという意味だと思います)」「あの子は政治家には向いていない。大学教授とかに向いている」と言い放ち、2人の娘は「政治家の妻になんかなりたくない」といい、通っていた小学校の目の前に父親のポスターが貼られていたことを「本当に嫌だった」とまで言っています。


小池百合子東京都知事が希望の党を立ち上げ、民進党と合流して戦った2017年の総選挙に小川議員は苦悩の末、希望の党から立候補します。その選挙運動中に小川議員と2人の娘は商店街にチラシ配り、街頭演説に向かいます。その時ある有権者から「お前、安保法制反対してたやろ!」と罵声を浴びせられます。希望の党は安保法制と改憲を踏絵に候補者の絞り込みを図っていました。小池代表の「排除の理論」です。


私はこのシーン、スクリーンを直視できませんでした。自分の父親が目の前で見ず知らずの男性から罵声を浴びせられる。小川議員にとっては有権者ですから見ず知らずという表現は間違っているのかもしれませんが、娘からしたら見ず知らずです。果たしてこれが自分だったら耐えられるか・・・と考えてしまいました。


それでも雨の中傘をさして「小川淳也をよろしくお願いします!」と声を張り上げ、電話を掛け、国政報告会のお茶配りをする。そんな政治家の家族のリアル、厳しい部分までもを見せてくれています。


■2017年総選挙と小川議員の苦悩

今作のハイライトは上述した希望の党から出馬した2017年の総選挙です。告示日当日の出陣式が終わった後には、希望の党への参加に不満を持つ支持者に別に説明をしたり、「排除」という言葉に小川議員本人が相当な違和感を持っているシーンもあります。


特に印象的なシーンはミニバンで小川議員、中学からの同級生であるという後援会の方、今作の監督である大島監督が会話をするシーン。小川議員がおもむろに「大島さん、無所属で出馬した方が良かったと思いますか?」と問いかけます。枝野さんが立ち上げた立憲民主党が颯爽と登場した一方、小川議員が籍を置く希望の党は小池代表の排除発言から伸び悩んでいました。


大島監督は「枝野さんはかっこよく見えますよね」と答え、後援会の方は「でも無所属だと当選してもその後の運営の展望がなかった」とフォローします。その後、小川議員は「無所属はかっこいいよな~」と絞り出すようにつぶやきます。


このシーンは政治家というよりも一人の人間としての生き方、筋道の通し方を表していてまさにドキュメンタリー映画の醍醐味が凝縮されています。苦悩が満ち溢れていて、自分の選択を悔やんでいるようにも見えます。この総選挙で小川議員は自民党議員に惜敗。またも小選挙区では勝てず、比例復活となります。


ライバルである自民党議員は平井卓也議員。三世議員であり、西日本放送の社長も経験。弟は四国新聞社代表取締役社長。政治のサラブレッドです。負けた後にある有権者が「あの新聞報道は酷い」というシーンがあるのですが、「小川に対し希望の党に移ったことに不満があることも事実である」というナレーションがあった通り、小川議員はそうした全てを背負い込んで申し訳ないと頭を下げ続けていました。家族も泣いていました。


台風が接近していなければ、小池代表が排除といっていなければ、小選挙区で小川議員が勝てた可能性もあります。それでも小川議員が言うように政治は結果責任です。負けたことは事実。平井議員との対決は1勝5敗。この小選挙区で勝てないことが小川議員の苦悩の根本にあるように見えます。


政治家は皆、最終的には内閣総理大臣を目指すものです。そうしなければ自分の理想とする政策を実現させることはできないからです。そのためには党内での権力闘争に勝ち、政務三役や大臣を務めという強い権力欲と自分を支える基盤が必要です。小川議員本人が嘆いているように5期も衆議院議員を務めているのに地元に張り付いて、選挙活動をしなければならない。そんな政治家が党首になる、ひいては総理大臣になれるはずもありません。


選挙区では平井議員という強大な三世議員と戦い、国政では自分の所属する党は目の前の党利党略に明け暮れて未来のビジョンを示せない野党。小川議員本人にも強い権力欲があるわけでもない。それでは内閣総理大臣にはなれないのです。


小川議員の実直さは本来政治家としてあるべき姿なんだと思うし、私もこういう人がもっと増えてほしいと思いました。それでも政治家になった以上もっと権力欲や上に上り詰めてやろう、のし上がってやろうと思う人がいてもそれは否定できないと思います。それが政策実現の近道なんですから。


■最後に

この映画を通して小川議員の苦悩が伝わってきましたが、今の政権与党・安倍内閣に対する不満はもちろん強くでているのですが、それ以上にインタビュー中に出てくるのはそれに明確な形で対峙することのできない野党に対する強い不満です。小川議員本人が認めている通り、野党は安倍内閣のあら探しをし、批判するけど、党利党略に明け暮れて明確なビジョンを示していない。示していたとしてもそれが有権者には届いていない。


安倍内閣は右派に足を掛けながら同一労働・同一賃金や働き方改革、雇用政策を打って中道からリベラルまで支持を得ようとしている。小川議員のような実直に、コツコツと政策を実現させていこうとする議員にとっては難しい政治状況にあると思います。


この『なぜ君は総理大臣になれないのか』のポスターには「この誠実さを笑うか泣くか」というフレーズがあります。少なくとも私は政治家個人を笑えなくなったなったし、不正や失言をする政治家も笑えないなと改めて感じました。


その政治家に思いを託して、必死に応援する後援会の人がいる。本音では政治家の家族なんて持ちたくないと思いながらも本人の決断だからと応援する家族がいる、そして何より何かを実現したいと思い苦悩しながらも立候補する政治家本人がいる。それを選挙、世論など様々な形で支えているのは私を含めた有権者だからです。


最後に小川議員は総理大臣になりたいかという問いに対し、素直にYESと言えないところが弱いところだが、YESと言えなくなったら今すぐ議員辞職をするといっています。コロナ以後の社会に対し、大きな日本のビジョンを示すのは政治家の責任であり、それを判断するのが我々有権者の責任です。いつか小川議員と話してみたいとも思いました。香川県民ではないので難しいとは思いますが・・・


そして他の議員のインタビュー、ドキュメンタリーも見てみたいものです。新聞や雑誌で見るような綺麗事を並べたものではなく、苦悩や本音を。小川議員が「打倒小池ですよ」といったような。それが見える政治家に将来を託したい。

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