VRに学校を作りました ~私立VRC学園~
「VRに学校作ったら面白いんじゃね」
とあるサーバー上のワールドで、タロタナカと大将はそんな会話をしていた。
我々が生活する「VRChat」とは、VR空間内にアバターでログインし、多人数でコミュニケーションできる無料のソーシャルVRアプリである。
まだ市場が出来上がっていないVRに、すでに参入しているユーザーは、アーリーアダプターのコアな人たちばかりだ。VRそのもの、まだなにができるのか世間的には認知されておらず、どんな人たちがいて、そこでなにをしているのか、そして自分はなにをすればいいのか、まだまだ身近ではないのは事実である。
新しい環境にひとりで足を踏み入れるときの緊張感。
知り合いがひとりでもいれば、少しは安心するのだろうが、やはり未知の世界に飛び込むには、少しの勇気が必要だ。
VRChatを始めたとき、おれもどうしていいか分からず、オロオロしていたユーザーのひとりだった。
実社会において、学校とは、個人と他者、社会と非社会、コミュニティ形成、そしてチュートリアル的な役割を果たしている機関だ。決して、ただ単に空虚な授業を受け、将来の役に立つかどうか分からない勉強をするだけが学校ではない。学校生活を通して、友人を作ったり、コミュニティを形成したり、部活などの新たな活動に挑戦したりと、Schoolingをいかに創造するかということが最も大事である。
「VRに学校があったら、これから新しくVRを始める人たちもすぐ馴染めるし、友達もできるだろうし、なんなら勉強もできて模擬学校生活っぽくて楽しいじゃないかな」
2020年4月、タロタナカを学長に、大将を副学長として、私立VRC学園という空間が生まれた。
VRC学園とは?
VRC学園とは、当初、タロタナカと大将によってVRChat上に、勝手に創作されたバーチャル模擬学校である。
現在も増築中の校舎があり、教室では通常の学校のように授業が行われる。1コマ30分から1時間ほどの授業で、開催期間中の平日は毎日授業が行われる。
授業内容もユニークかつバーチャルならではの物が多く、これまでにも、
・VRダンス講座
・VRで使える英会話
・VRで使えるコミュニケーション講座
・モデリング講座
・ボイスチェンジャー講座
・VR DJ講座
など、タイトルだけでも魅力的なものばかりだ。
先生も生徒も、新学期ごとに募集をしている。
VRChat初心者が基本的には対象だが、長くVRChatをプレイしている人たちも、もちろん歓迎である。あくまで、新入生としてのロールを割り当てるが、そういう人たちは、新しくVRChatに入ってくる新入生たちを案内したり、使い方を教えたりして、自然と循環が作られている。
逆に、自分がなにか教えたり、話したいというトピックがあれば、先生として参加することも可能である。タロタナカと大将は、二人とも海外在住経験があり、英語が話せるため運営としてだけでなく、VR英会話講座を担当したりするが、VRダンスやDJなど、講師として参加してくれたり、卒業生が今度は教える側になったりと、エコシステムが生まれている。
このようなエコシステムの形成は、当初の予想よりも速いスピードで成長しており、初心者にとっても優しく、熟練ユーザーにとっては新たな自己表現の場として機能し始めた。
始まり当初
VRChatを始めたときは、売りに出されていた教室の3Dモデルを購入し、少しだけ改良が加えた教室がひとつだった。
「VRChat上に、多種多様のバックグラウンドをもった人たちが集まり、交流し、生み出す、インフラ的存在の空間が欲しい」
そう言ったのは学長タロタナカだった。社会学に精通している彼は、VR上での社会形成について興味が強い。VRChatを単なるVR SNSとしてではなく、それより深く、社会学的に観察する慧眼さは尊敬に値する。
大将は、実社会においても、セレンディピティ性の高い空間の創造をひとつの活動として仕事をしているため、VR上での社会およびコミュニティ形成については、強く惹かれるものがあった。
また、VRを使った教育コンテンツの作成も、始める予定だったため、私立VRC学園というVR上での学校制作を進めない理由はなかった。
殺風景な3Dの教室に並べられた机と椅子。
そういえば、おれ昔、この席に座ってたっけな。
学生自体に座っていた位置の席に座ると、全身に鳥肌がたった。
学生自体の記憶が爽快に蘇る。隣に誰が座っていたか、授業中どうやって先生にバレずにPSPのモンスターハンターをして遊んだか……
まるで、高校時代にタイムスリップしたかのような、暖かく、懐かしい光景が目の前に広がっていた。
2020年4月、0期生の募集が始まった。
こんなお遊びみたいなことを、ちんまりとはじめて、誰がくるのだろうか。
5人くらい集まれば良い方だと思っていた。
生徒用、講師用の募集動画を撮影し、授業の内容やスケジュールを組み、一週間の学校説明会期間をもうけた。
VRヘッドセットを装着し、塵一つない簡素な教室空間で、入学希望者を待った。
「こんにちは!」
「あっどうぞ。お好きな席にお座りください! あと10分ほどで説明会を始めますね」
ひとり、またひとりと、教室にログインしてくる。
我々は、怪しくこちらを見つめるアバターたちを前に、私立VRC学園がどのようなコミュニティかを必死に熱弁した。
コミュニティの拡大
始まり当初は5人程度だった講師も今は、10人以上になり、生徒数も30, 40, 50……、とどんどん伸びており、コミュニティの大きさは拡大している。
「もし、人が集まったりしたら、部活動とかもしていきたいね」
「そしたらさ、VR料理部とかVR上で実験とか、あとあとVR演劇とかさ、もう意味わからないこともやっていきたいね」
私立VRC学園が始まる前に、そんな会話をしていたのを思い出す。
0期生が卒業したとき、大きな変化が現れた。
「運営として関わりたいです」
「部活動作りたいです」
そう言ってきたのは、卒業生たちだった。
卒業してもなお、これから関わっていきたいと言ってくれたことは、本当に嬉しかった。
コミュニティの自主成長。
これは、コミュニティやムーブメントを作り上げるにおいて、最も重要なことである。まずアクションを起こすメンバーがいて、そこに最初に反応を示す嗅覚の敏感な人たちがいる。そして、人が人をよび、コミュニティがコミュニティを生み出す。分裂や吸収を繰り返し、コミュニティは指数関数的に成長し、自主性を持ち始める。この状況下では、舵取りをすることはもちろん困難になってくるが、予期せぬコンテンツが生まれたり、主体性をもった人たちが一緒に盛り上げてくれたりと、大きな相乗効果が生まれる。
コミュニティというものは、誰か限られた人たちが勝手に作り、それを押し付けるものではなく、そこに反応し、参加してきた人たちが自由に成長させる "場" に過ぎない。むしろ、舵を握る必要なんてないのである。
リーダーも必要ない。カリスマ的リーダーがなにか革命を起こすのではなく、ひとりひとりが主体性をもった個として、新たな文化を発展させていく。
そんな理想的な空間が私立VRC学園では始まりつつある。
卒業生の中には、
「私立VRC学園の校章作っていいですか?」
と言って、校章をモデリングしてくれる人がいた。
「モデリング趣味でやってるんで、校舎作るの手伝います」
「バルコニー作ったんで、使ってください」
お願いしてないのにもかかわらず、自ら手伝ってくれたおかげて、校舎はどんどん大きくなっている。(このせいで、実家のネット環境の弱い大将は、よく落ちるようになった)
「私、作曲できるんで、校歌作りますね」
「あ、じゃあぼく、普段詩を書いているので作詞します」
いつの間にか、校歌が誕生した。
このような発展は、最初の二人だけではなしえなかったことである。
0期生が1期生へ、1期生が2期生へと伝え、そこに繋がりが生まれる。
放課後には、一緒に他のワールド巡りを楽しむグループができたり、部活動が始まり、新たな動きが生まれている。
VRをスタートし、右も左もわからず、友達もできず、そのままではもしかしたら、VRChatの面白さに気づかず、VRそのものから離れてしまった人たちもたくさんいたかもしれない。しかし、VRC学園という小さな空間が生まれたことにより、そこで仲間を作り、生活するという新しい日常が始まった人たちが実際にいる。
「VRC学園に入学してよかった! 友達にも勧めました!」
卒業式にそう言ってくれる人がひとりでもいるだけで、やったことは無駄ではなかったと思う。
今もなお、コミュニティとして発展を続け、運営に関わってくれる卒業生も一気に増えたため、正直、おれはやることが少なくなっている。(リアル側が今、絶望的に忙しくなっているため、めっちゃ助かってます。すみません、ありがとうございます。徐々に復帰していきますw)
(放課後の様子)
VRChat上だけでなく、VRでやっていきたいこと
私立VRC学園は、あくまでVRChatユーザーに対する内向けコンテンツに過ぎないと思っている。
数少ないVRユーザーの中で、さらにVRChatで生活をしているような人たちにとっての憩いの場でもある。
ただ、このような活動を、どんどん外向けに発信することは大切である。
マネタイズができないか、せめて講師の人たちにだけでも投げ銭ができるようにしたい、事業として立ち上げるべきか、そういったことを毎日考えて、相談している。
しかし、正直、C向けのサービスとしての展開はまだ厳しいし、VRChat上という不安定なプラットフォームに縛られている以上、外からの評価のほとんどはまだ過剰評価なものばかりだと感じる。
また、ビジネス要素をあえて無視しているからこそ、今のような文化が生まれているのだと、おれは思う。
「なんかめっちゃ面白そうなことしてるよね」
「資金調達しないの? 出資するよ?」
そんな声が、周りの投資家やビジネスマンからよくかかる。
「全然考えてないっすねえ」
お金目的、地位目的で始めたわけではないからな。
しかし、私立VRC学園が生まれて、VRだからできるようなコンテンツや教育、新しいコミュニティの形、それらを目の当たりにした。
バーチャルを使った教育コンテンツの制作、VRじゃないとできない体験型学習。バーチャル教科書みたいな話だ。例えば、宇宙に行くとか危険物の実験、タイムスリップ、文学などの物語の中に入ってしまう、etc……。
記憶定着率の高い学習方法に、一番良いとされるのが人に教えるということ。これは、すでに私立VRC学園で先生として参加することで実現可能である。
その次に記憶定着率の高い学習方法が体験をするということだ。
このようなコンテンツの作り込みをしてきたいなとも考えている。(興味があれば、連絡ください)
VR上でのコミュニティ形成や、ネットワークの観察は、リアル社会よりも簡単かもしれない。全てが電子化およびデータ化されたVR上で、それぞれのユーザーの行動を拾うのは難しくないだろう。そこにリアル社会との差異はあるのだろうか。社会学的にも複雑ネットワーク的にも、学術的にも興味のある分野だ。
VR研究所を設立し、研究を実際にしてきたいね、という話も実際に出ている。
アバターを通すと、年齢、性別、国籍関係なく、いろんな人々と接することができる。これは、一見月並みな話に聞こえるが、非常に大事なことで、VR上の学校では、小学生が壇上に立ち、おじいさんが彼らの授業を受けるということも普通なのである。しかも、そこに「小学生だから」という偏見はない。だって、見た目は露出の多い美少女なのだから。
現実と非現実のあいだ
今後、現実と非現実の差がどんどんなくなってくる。
そもそも、現実と非現実の違いとはなんなのか、ちゃんと説明できる自信がおれにはない。
VR上で学校を作り、VRとはそもそもなんなのか、ということもよく考えるようになった。
VR学校では、教卓にスライドが実装され、空中に文字を書いて授業が行われる。ボイスチェンジャーを使って本当に女の子になりきる人もいる。
学校生活や授業は現実世界の学校と大差ないが、授業の行い方やそこで起こるイベントはSF的なもので、AR(拡張現実)感が強い。つまり、バーチャルARのような空間なのだ。
VRはただ単に、頭に重くて奇怪なゴーグルを使って、ゲームの世界に入るだけのものではない。
そこにある非現実は現実であり、現実はまた非現実なのである。
美少女アバターで生活した人には、自分が美少女だった人生が記録される。周りの人は、美少女として彼に接する。移人称視点、他人や他の物体の視点や意識をジャックすることが可能である。
実際、黒人に対する差別性の強い白人が、バーチャル上で白人アバターの他者と会話をし、仲良くなったのちに、ログアウトし、現実世界でさっきまでVR上で話していた彼が、実は黒人だったとネタバレをすると、その白人の黒人に対する差別意識が低下したという研究結果が報告されているらしい。
他者や他の物体の視点をジャックしたり、その中で暮らしたり体験することは、本人たちが気づかないような魔法の力を持っているのである。
VR学校は、バーチャルで暮らし、学び、体験し、そして人生を拡張する一種の空間に過ぎない。しかし、そこで生まれるコミュニティやコンテンツは強大な可能性を秘めている。
この話を聞いて、これからどんなことができるのか、そしてなにが生まれるのか、想像してワクワクしない人はいないだろう。
もし、ピンとこない人がいたら、我々のVRの学校にぜひ入学してほしい。
まだ君が知らない世界を見せてあげよう。
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