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EBNとは結局なんなのか

エビデンス・ベースド・ナーシング(EBN:Evidence-Based Nursing)という言葉は、いまでは看護師界隈で十分浸透しているように思います。

その一方で、先輩看護師から新人が「根拠は?」と詰められる、といった与太話がしばしば盛り上がります。そこには、EBNというものがなんとなく誤解されていたり、イメージだけで語られていたりするようにも思います。

そんな現状も踏まえて、研究者の端くれとして、そもそも「EBN」とは何なのか理解しておく必要があるなと思い、まとめてみることにしました。

EBNの歴史

ナイチンゲールの活躍

看護系の研究者にはおなじみの『看護研究 第2版 原理と方法』を見てみると、看護研究の始まりはやはり19世紀に活躍した「フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)」です。
看護師ならおそらく大学等で必ず習う「クリミア戦争中の兵士の死亡率と罹患率に影響する因子についてデータ収集・分析をした」という功績です。「統計的な分析により看護実践における意思決定を行う」という点では、まさにEBNという感じがします。
ナイチンゲールが作成したグラフがDavid Rumsey Map Collectionでみることができます(以下リンク)。ナイチンゲールの功績は、統計的な分析手法を用いただけでなく、それを統計学の知識がない人にもわかるように示したことにもあると思います。

一方で、看護覚え書きが1859年に刊行され、1960年代には「概念枠組み」や「概念モデル」といった取り組みがされるようになったものの、そこからいわゆる"EBN"の考えが普及しだしたのは1970年代から1980年代になってからだったようです。

EBNのひろがり

EBM(Evidence-Baced Medicine)のもととなる考えを普及させたのは、コクランレビューで有名なアーチ・コクラン(Archie Cochrane)氏です。彼が治療に関する意思決定が系統的な臨床証拠に基づいていないことを指摘し、系統的レビューの重要性を訴えたのが1972年です。

この動きが、のちに数多くの系統的レビューを生み出している「コクラン」のもととなっています。この組織のおかげで、研究手法の標準化や多数のガイドライン確立が後押しされました。

そして、1990年代にはデイビッド・サケット(David Sahkett)氏らによりEBMという概念が示されました。

そのころより、医学分野から生まれたEBMが「根拠に基づく実践(EBP:Evidence-Based Practice)」として看護を含むコメディカル分野へ波及していきました。そのあたりから「科学的なエビデンスをもとに看護をしよう」という動きが浸透し始めます。
いつEBNという言葉が使われ始めたのかは調べてもよくわかりませんでしたが、PubMedで遡った限りでは、1994年ごろに「Research-based practice」という言葉が見られ始め、1996年ごろに「Eviedence-based nursing」という言葉が出現してきたようです。

「Reseach-based practice」と書かれている文献たち

この文献には「nursing pratice should be based on evidence rathar than opinion or tradition(看護実践は意見や伝統ではなく、エビデンスに基づくべきである)」と書かれています。

PubMedで見つかる範囲では最も古い「EBN」という言葉が使われた文献(1996年、カナダ)。

2000年以降のEBN

2000年代に入り、EBNという考え方は急速に普及しました。そのあと押しとなったのは、医学におけるEBMやEBPの広がりと研究エビデンスへのアクセスの向上などがあったのだろうと思います。
特に2000年代中盤以降、看護教育においてもEBNの考え方が取り入れられるようになり、看護大学等はEBNを学ぶコースや授業科目を設けるようになりました。私が看護大学を卒業したのが2015年ですが、そのころには大学教育の中では当然のようにEBNという考え方が使われていたように記憶しています。

そもそもEBNとはなんなのか

EBNのためのステップ

EBNを実行するためのステップとして、5から7つのステップが提唱されています。McClarey M et al.の6つのステップが引用されることが多いですが、今回はそこに"Step Zero"も加えた「The Seven Steps of Evidence-Based Practice」を取り上げてみます(Melnyk BM et al. 2010)。

  • Step Zero: 探求心を養う (Cultivate a spirit of inquiry)

  • Step 1: PICOT形式で臨床的質問を問う(Ask clinical questions in PICOT format.)

  • Step 2: 最適なエビデンスを探す(Search for the best evidence)

  • Step 3: エビデンスを批判的に評価する(Critically appraise the evidence)

  • Step 4: エビデンスを臨床的専門知識や患者の嗜好、価値観と統合する(Integrate the evidence with clinical expertise and patient preferences and values)

  • Step 5: 実践結果をエビデンスに基づき評価する(Evaluate the outcomes of the practice decisions or changes based on evidence)

  • Step 6: EBNの成果を普及する(Disseminate EBP (N) results.)

Step Zero:  探求心を養う
まずは常日頃から疑問を持ち、現行の実践を問いただす姿勢を育む必要があります。このStepは言及されていない文献もいくつかありましたが、「このStepがないとそもそもEBNが実行されない」という指摘もあります。

Step 1: PICOT形式で臨床的質問を問う
患者ケアを提供する際に直面する複雑な疑問を、患者の評価や回答が可能な臨床疑問の形に落とし込みます(文献によってはPICO形式が推奨されているものもあります)。

PICOTというのは医学・看護研究でもよく用いられるフレームワークの一つで、臨床疑問を
P(Patient/Population): 患者や対象集団
I(Intervention): 介入や治療法
C(Comparison): 比較対象
O(Outcome): 結果
T(Time): 時間枠(必要に応じて)
の5項目に当てはめていくというものです。

例えば、「耐圧分散マットは長期寝たきりの高齢者における褥瘡発生を減らすのか」という疑問であれば
P:長期寝たきりの高齢者
I:耐圧分散マットの使用
C:通常のマット
O:褥瘡の発生
T:3か月間
のように当てはめていきます。時間は、どのくらいの期間で効果が出るとよいのかという点で考えていきます。

Step 2: 最適なエビデンスを探す
PICOT形式にした臨床疑問を解決し得るエビデンスを探索します。この際に、PICOTに当てはめて出てきたキーワード(例えば「耐圧分散マット」「高齢者」「褥瘡」など)を組み合わせて検索していきます。

Step 3: エビデンスを批判的に評価する
Step 2で見つけたエビデンスの有効性を検証します。最も関連性が高く、有効で、信頼性が高い論文かを判断します。以下3点がポイントとして挙げられています。
①妥当性:研究方法が妥当かどうか。例えば治療群と対象群を適切に比較できる研究デザインを用いているか、測定する方法は信頼性があるのか、など
②重要性:介入研究なら、介入の効果はどれほどあったのか、どのような影響を与えたのか、臨床現場で同様の結果が得られる可能性があるのか、質的研究なら、研究アプローチが研究目的に適しているのか、結果が確証できるものなのか、など
③適用性:研究結果が、自分が行おうとする患者ケアに役立つのかどうか。研究対象が自分の患者と似ているのか、利益がリスクを上回るのか、費用対効果があるのか、患者の価値観や好みとあっているのか、など

Step 4: エビデンスを臨床的専門知識や患者の嗜好、価値観と統合する
見つかったエビデンスを適用するか判断します。Step 3で評価した内容と、実際の患者のデータや状況、価値観、希望と看護リソースなどを照らし合わせて判断します。

Step 5: 実践結果をエビデンスに基づき評価する
EBNに基づいた実践を行ったあとは、結果の変化を観察・評価していきます。質の高い研究を基にした介入であったとしても、実際に目の前の患者には効果が見られないこともあります。結果がエビデンスと異なる場合は、その理由を特定していきます。

Step 6: EBNの成果を普及する
成功した取り組みは、自身の機関だけでなく他の医療機関や職種と共有する必要があります。そのためには、学会発表や論文、商業誌等で発信していくことが求められます。

EBNとは

EBNの定義はいくつかありますが
EBNとは患者ケアをする上で、その患者にとって現時点で得られる最善のエビデンスを、看護の専門知識を用いて判断し、良心的にそして思慮深く使っていくこと」という定義がされています(小山,2001)。

この定義にはいくつかのポイントがあるように思います。
それは、EBNの7つのステップでも含まれるように、「研究等からのエビデンス」を「患者のこれまでのデータや経過」や「患者の価値観や希望」「医療・看護リソース」といった点も考慮に入れて実践するということです。それが「看護の専門知識を用いて判断し、良心的にそして思慮深く使っていく」という部分に含蓄されており、EBNの重要なポイントの一つなのだと思います。
また、もう一つのポイントは「EBN=看護研究ではない」ということです。研究者はEBNのステップのうち、論文などの「エビデンスと呼ばれるもの」を作り、時にはさらなる「EBNを普及」させることを担っているに過ぎないのでしょう。
つまり、EBNとは私をはじめとするような「研究者」のためではなく、「実践者」のためにあるのだろうと思います。

私の所属する研究施設も、「実践者と研究者をつなぐ」ことを目標にしています。それこそまさにEBNだなと感じる一方で、いかにEBNを実装できるのかという課題に、身が引き締まる思いです。


ななーる訪問看護デベロップメントセンターでは、共同研究や現場看護師の看護研究の相談などを受け付けています。

ぜひ一度HPを覗いてみてください。

参考文献・資料

Denise F. P, Bernadette P. H. (近藤潤子訳). 看護研究 第2版 原理と方法.2010. 医学書院.

Church S, Lyne P. Research-based practice: some problems illustrated by the discussion of evidence concerning the use of a pressure-relieving device in nursing and midwifery. J Adv Nurs. 1994. 19(3):513-8. doi: 10.1111/j.1365-2648.1994.tb01115.x.

Wharrad HJ, Allcock N, Chapple M. A survey of the teaching and learning of biological sciences on undergraduate nursing courses. Nurse Educ Today. 1994.14(6):436-42. doi: 10.1016/0260-6917(94)90004-3.

Williams K, Roe B, Sindhu F. Using a handbook to improve nurses' continence care. Nurs Stand. 1995. 15-21;10(8):39-42. doi: 10.7748/ns.10.8.39.s41.

Simpson B. Evidence-based nursing practice: the state of the art. Can Nurse. 1996. 92(10):22-5.

McClarey M.  Duff L. Clinical Effectiveness and Evidence-Based Practice. Nursing standard. 1997. 11(51):31-35.

Melnyk BM, Fineout-Overholt E, Stillwell SB, Williamson KM. Evidence-based practice: step by step: the seven steps of evidence-based practice. Am J Nurs. 2010. 110(1):51-3. doi: 10.1097/01.NAJ.0000366056.06605.d2.

小山真理子.Evidence-based Nursing (EBN)と看護実践.Ebnursing. 2001. 1(1):19.



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