見出し画像

今年も水風呂の季節です。

人間は、自分自身を神仏の位置にまで押し上げる生き物である。
しかし自分が神仏になるということは、恐ろしいことではないだろうか。

武田定光

水風呂に浸かりながら打っている。
汚ねぇジジイが水風呂に浸かっている画が浮かんでしまったら勘弁🙏

腰を痛めてる。
何もしてないのだが、ま、疲労の貯蓄、姿勢の悪さの積み重ねだろうな。
片方の腰回りが結構腫れている。
せっかくのナイスバディが台無しだぜ。
この一言で、汚いジジイの画が、ナイスバディなお兄さんに変わってくれたらいいのだが😅

もう数週間前から、背骨のずれというか、曲がりを感じていたし、その前に季節の変わり目特有の膝の痛みを自覚していたので、そこでちゃんとしておけばよかったのだが、ま、毎回、こうなってから後悔をしている。

今日はきつい一日だった。
腰もだが、仕事そのものが炎天下であったり、朝からずっとであったり、無意識に腰を庇うので発声がうまくいかない、要らぬ力が入り、それを抜くのにパワーを使い、いつもよりもお勤めしていても体力を使ったし、汗も半端なかった。
そして、今年の夏、お初の水風呂だ。

夏だなあ。

これで、水風呂から上がったら、ひたすら水で体も頭も洗い流し、少しさすがに寒さを感じてきたところで、水を抜いて湯を張っておいた浴槽に浸かる。

これが夏の楽しみでもある。

アホはアホなりに生活の中で些細な楽しみを見つけていたりする。
驚きや、喜びや、悲しみや、うれいや、多彩な自分に出遇える生活は、神仏になりたい人間にはわからないだろう。

神仏を目指す人間は、神仏になっちゃった人間は、基本、誰よりも神仏ってもんがわかってない。

いまの政治家や官僚どもをみたらわかりやすい。

オレは、人間が妄想で勝手に描いているような権力=神仏みたくはなりたくはない。
このくだらない水風呂の世界を喜べるアホのままがいい。

この記事が参加している募集

カメラのたのしみ方

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?