夢の残像と面影
ただいま。すごく疲れた。
……と、この間、リビングでうたた寝していた。およそ10分ほど。息子がお風呂に入って戻ってくる間までの時間くらい。
夢を見た。
中学生の私が手術室に入っていくおじいちゃんに駆け寄って声をかけるところ。おじいちゃんは早朝田んぼへの出先から戻ったところ、脳梗塞で倒れたそうだった。発見されたのは、倒れてからおよそ2時間後。
「おじいちゃん!私だよ!わかる?」
「…すう、か」
「おじいちゃん!」
おじいちゃんはベットに乗せられて手術室へと吸い込まれていく。
青白い肌、浮き出た頬骨。
半開きの唇が、なんだかとても怖いと感じたあの日。
「お母さん!」
息子の声で目が覚めて、パッと浮かんだのは術後面会した母だった。
多量出血したため、手術が長引いたらしい。酸素マスクをつけて、麻酔のため朦朧とした意識で私をの声に答えた。
「…ありがと、ね」
おじいちゃんは、母の父。
親子の姿が重なって、私は寝起きですぐに涙が溢れた。
手術は成功。悪性腫瘍ではなかったとのことで、転移もないとのこと。
ただ、懸念されるのは精密的に見てくれる病理科の検査じゃないから、のちのち悪性と出る可能性もあることを説明された。
その可能性が怖くて怖くて、震えて泣いた。
おじいちゃんは一命を取り留めたが、後遺症が残った。確か左麻痺だったか…。その後、リハビリの最中派手に転倒し頭を打った際、傷口が開いて再手術となった。その後のおじいちゃんは、私の知ってるおじいちゃんじゃなくて、怖くてたまらなかったのを今でも覚えている。
そんな知らない誰かに、母がなってしまうのではないかと思うと涙が止まらなかった。また、不謹慎にも悪性が出た場合がん治療が始まって介護になるのだと思うと、メインの介護者は私となる以外ない状況にさらに泣きたくなった。でもこれは、利害的な涙。母に申し訳ないと思いつつも、やはり恐れてしまう。
怖い。いつもの元気な姿でいて。
庭の畑に種を撒き、季節の野菜が採れたら「みて!」と嬉しそうに笑っててくれればいい。漬物にする、煮てみる!など料理方法を考えて。どう食卓に並べるのかって考えながら。
どんなに我が子を顧みない親でも、私にとっては唯一の母親であることが確かになった。他人ならこうは思わないだろう…。
死ぬわけでもないのに泣いてる自分がおかしい。たぶん利害的な意味合いで泣いてるんだ。きっと。
……でも全部がそれじゃ、ない。絶対に。