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【読書】のマガジン

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2021年4月の記事一覧

「ぼくはもうぼくでいたくなかったからです」

■ダニエル・キイス『24人のビリー・ミリガン〈上〉〈下〉』 「どうしてこういうことが起こったのだと思いますか、ビリー」 「養父がぼくにしたことのせいです。ぼくはもうぼくでいたくなかったからです。ビリー・ミリガンになりたくなかったんです」 (下巻 P.371) この本は、1977年にアメリカで起こった連続レイプ事件の犯人をめぐる実話である。 十分な状況証拠をもとに捕らえられたビリー・ミリガンは、動揺し、犯行を否定する。取り調べを続けるうちに彼が24もの人格を脳内にもってい

数学でモデル形成を鍛え、推論を育てる

■市川伸一『考えることの科学 推論の認知心理学への招待』 私たちの毎日は、推論の積み重ねと言っても過言ではない。 「推論」という言葉は「不確実性を含むもの」という印象を与える。実際に「100%確実な推論」というものはほとんどないうえに、より「もっともらしい推論」にすら到達できていない不確実性の高い推論(=誤った推論)も存在する。 それは例えば「コイン投げで連続して5回表が出たから次はそろそろ裏だろう」というようなものである(これは統計学的に誤った推論だ)。 私たちは無

「私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ」

■太宰治『走れメロス』 私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。(P.172) ◎ 解説に、こんな風に書かれている。 太宰に対しては全肯定か全否定しか許されない。(P.287) 言わんとすることが今回よくわかったような気がする。 この『走れメロス』(新潮文庫)に収録されている短編は、以下九編である。 ◎「ダス・ゲマイネ」 ・「満願」 ◎「富嶽百景」 ・「女生徒」 ・「駆込み訴え」 ・「走れメロス」 ◎「東京八景」 ◎「帰去来」

「絶望があり幻滅があり哀しみがあればこそ、そこに喜びが生まれるんだ」

■村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉』 「絶望があり幻滅があり哀しみがあればこそ、そこに喜びが生まれるんだ。絶望のない至福なんてものはどこにもない」(P.220) ◎ 上巻に引き続き前置きが長くなってしまいそうだけれど、この作品に対する賛辞を並べる前に少しだけ書いておきたいことがある。 長い間、具体的にいうと10年近くの間、村上春樹という作家が好きだとは表立って言えずにいた。彼の作品を、長編・短編・エッセイ問わずほぼ全て読んでいるにも関わらず─

「分別の心に、わずかな愚かしさを交ぜよ。時をえて理性を失うのは、いいものだ」

■柳沼重剛『ギリシア・ローマ名言集』 分別の心に、わずかな愚かしさを交ぜよ。時をえて理性を失うのは、いいものだ。 (ホラティウス『詩集』第四巻12.27) ◎ ときどき、ぶらりと本屋に入る。 私はあまり大きな本屋が好きではない。最初は「すげー!」と興奮するのだけど、15分もすると疲れてしまう。選択肢が多すぎるのだ。「どんな本でも用意してありますよ」という圧力のなかで「最適な一冊を選び取らなければならない」と(勝手に)感じ、疲れてしまう。 だから、近所の小さな本屋が好

「想像というのは鳥のように自由で、海のように広いものだ。誰にもそれをとめることはできない」

■村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉』 「想像というのは鳥のように自由で、海のように広いものだ。誰にもそれをとめることはできない」(P.234) たしか二十歳前後のころ、初めて読んで感銘を受けた物語だ。それから10年以上、再読することがなかった。 最近、古今東西のさまざまな文学に触れるようになり、私の中で『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の、ひいては村上春樹という作家の地位が下がりはじめていた。 「あの頃は感動したが、成長した自分の

「そのもっとも劇しい瞬間においては、人は演技している」

■ウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』 そのもっとも劇しい瞬間においては、人は演技している。生き甲斐とはそういうものではないか。自分自身でありながら自分にあらざるものを掴みとることではないか。(P.235/解題) 記憶している限り、はじめてきちんと読んだシェイクスピア。きっかけはもちろん、先日読んだ『レーン最後の事件』だ。 以前から「いずれ読まねばならない」と気になりつつも、戯曲という形式や古めかしい言葉が読みにくそうに感じられ、手を出せずにいた。ようやく読んだ『ハ

壮大な伏線の回収

■エラリー・クイーン『レーン最後の事件』 ※心配される方が多いと思うので先に書きますが、ネタバレはありません。 ドルリー・レーンを探偵役に据えた「四部作」(『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』『レーン最後の事件』)を読み終えた。 この四部作には、全体を通して何やら仕掛けがあるらしい──と以前から聞いていた。 だから「絶対に、順番に読まねばならない」とも。 そのような事情(ハードル?)のせいだろうか、本作『レーン最後の事件』の知名度は他と比べてかなり低いように感じる。

数学は解きながら創造する

■加藤文元『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』 「数学は問題を“解く”ものである」 私は、ずっとそう思っていた。もちろんそれは中学や高校で習う数学が、問題を「解く」点に主軸を置いていたからだろう。というか「解く」以外の経験がなかった。 しかしこの本を読んで、IUT理論の概要を知って、私が感じたのは「数学は解きながら“創造する”のかもしれない」──ということだ。 (以下、すこし長めです。) ◎ 私は今までに、この本の著者の加藤文元氏が書いた本を数冊読んだ。一