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【読書】のマガジン

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2020年11月の記事一覧

主題も感情もない物語

■フランツ・カフカ『変身』 読んだ後に、 「うーん。感想がない。」 と悩んでしまった。感想が浮かばないから書くのをやめようかと思ったけれど、この「感想の書けなさ」をもう少し掘り下げてみよう。 ◎ ストーリーは非常に有名で、一言でいえば「人間がある日突然虫になってしまう」という話である。起承転結がわかりやすい物語だけれど、おそらく多くの人が私と同じように、「はて……これはどう語ればよいのだろう」と悩むのではないだろうか。 その理由は主に二つあって、 1・主題がわか

クイーンの魅力は〈意外な真相〉ではなく〈意外な推理〉

■エラリー・クイーン『Zの悲劇』 ドルリー・レーンが探偵役をつとめる 『Xの悲劇』 『Yの悲劇』 『Zの悲劇』 『レーン最後の事件』 は通称「レーン四部作」とされ、その一連の流れの中にも何やら仕掛けがある──という噂だ(まだ私は知らない)。 ミステリーをほとんど読んでいなかった頃、『Xの悲劇』と『Yの悲劇』が人気で、特に後者の評判が良いらしい。と、様々なレビューで知った。 『Zの悲劇』はそれらに比べて、あまり名前が挙がらない。でもまぁここまで読んだし……「レーン四部作」

「これが人間が幸福になれない理由である。幸福は繰り返しへの憧れなのだからである」

■ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』 人間の時間は輪となってめぐることはなく、直線に沿って前へと走るのである。これが人間が幸福になれない理由である。幸福は繰り返しへの憧れなのだからである。 ー 374ページ 10年ほど前に一度読んで感銘を受けたが、まったく内容を覚えておらず、ただただ「すごかったな」という感触だけが残っていた。今回も「すごかったな」と思ったけれど、おそらく10年経つとまた内容を忘れてしまうだろう。 ストーリー性が薄い……と言うと語弊があるのだが、

「この証明を完成させるための方法がある。でも私には時間がない」

■加藤文元『ガロア 天才数学者の生涯』 この証明を完成させるための方法がある。でも私には時間がない。 ー 284ページ ガロアは弱冠20歳で死んだ。彼はすでに大きな視点で数学の未来を自らの内に描き、世に伝えんと必死だった。が、その短い生涯のうちではガロアの理論はついに理解されなかった。 冒頭の引用はガロアが死の直前に残した言葉である。この言葉を知らなくても、数学好きな人ならばちょっと既視感を覚えるかもしれない。 「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭

数学の「美しさ」と芸術の「美しさ」

■加藤文元『数学する精神 増補版-正しさの創造、美しさの発見』 数学とは「する」ものである。すなわち「人がする」ものである。人がするものであるから、それは時間と手間と労力がかかる。しかし、人がする(仕出かす)ものであるから、それは楽しい。 ー 239ページ もし、数学が好きな人、数学の根幹に興味がある人、それでいて自分は大して数学に詳しくもないし……と思っている人がいたら、間違いなくおすすめできる一冊です(難しい数学は出てこない)。 「数学とは何なのか?」 「数学は何の

「此の世に生れてから後にも先にも此の沈黙の数分間程楽しい時を生きたことがなかった」

■谷崎潤一郎『春琴抄』 佐助、それはほんとうか、と春琴は一語を発し長い間黙然と沈思していた佐助は此の世に生れてから後にも先にも此の沈黙の数分間程楽しい時を生きたことがなかった(P.79) もし日本らしい美というものが何かしら形としてあるのならば、この小説は間違いなくその一つに含まれるだろうと思う。 SM的な関係性やショッキングな展開に目が行きがちだが、谷崎の真に優れているのは、おそらく読んだ人には言うまでもないことだけど、その日本語のリズム感である。 夏目漱石もリズム

「僕の知性は空転するエンジンみたいなものだ」

■アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』 「僕の知性は空転するエンジンみたいなものだ。仕事をさせるために製作されたのに、その仕事が与えられなかったら、破裂してこなごなになってしまう」(「ウィステリア荘」) ー 9ページ 長編4冊、短編6冊(新潮文庫の場合)、合わせて10冊あるホームズシリーズも、これで8冊目となった。 短編集『シャーロック・ホームズの事件簿』がこの後に出版されているが、この『最後の挨拶』に収録されている短編「最後の挨拶」が、物語の時

では、私たちのモラルの正体はなんなのだろう

■梶井厚志『戦略的思考の技術』 自分にはあまりない(と思う)「戦略的思考」とやらに興味をもち、読んでみた。 「ゲーム理論を実践する」とサブタイトルについているが、ゲーム理論の面白さが感じられるのは第一章のみ。第一章はいくつかの例を用いてゲーム理論に基づく戦略的思考が説明されており、なかなか頭をつかう。けれど、第二章以降はあまり難しくなく、誰もが日常的に経験していることを経済学用語で説明されているだけ、という感じ。 よって、ゲーム理論を本気で実践したい人には若干物足りない

論理学という厳しくて寛容な体系

■野矢茂樹『入門!論理学』 「私」について書いた以下二つの文のうち「論理的に正しい推論」はどちらだろうか。 (1)彼は酒豪だ。私は彼の娘である。よって、私は酒が好きだ。 (2)私は男である。男はみな酒が好きだ。よって、私は酒が好きだ。 まず(1)について。「彼」が私の父を指すことは二つ目の文からわかる。父は事実、酒豪であった。 次に(2)について。そもそも私は男ではない(女である)。さらに、男が酒好きとは限らない(酒が嫌いな男だっている)。 そして、どちらも導かれた

数学という玩具

■加藤文元『物語 数学の歴史』 数学するという行為においては、直観の重要性はいくら強調しても強調しすぎることはない。数学の進化とは、正しさの直観能力の進化である。それは人間の悟性が、より抽象的な世界の中に新たな正しさを見出すことである。そして数学における抽象化とは、対象やパターンに対する意図的な健忘を通して、人間の感性を洗練することに他ならない。 ー 34ページ 一つ前に読んだ岡潔『数学の歴史』に比べて、10倍ぐらい読みやすかった。ほとんどの人にはこちらをお勧めしたい。