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【読書】のマガジン

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2020年3月の記事一覧

「チェスが解答である謎かけの場合、唯一の禁句は何だと思います?」

■ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』 控えめに言って素晴らしい一冊です。 私の語彙力と知識と感性でこの良さが伝えられるか不安なので、あまり多くを語れないけれど、今の気持ちをストレートに述べるなら「こういうものと出会うために私は本を読むんだな」という感動です。 平原が何かを語りかけようとする夕暮れのひとときがある。だが、それは決して語らない。いや、おそらく無限に語りつづけているのに、われわれが理解できないのだ。いや、理解はできるのだが、音楽とおなじでことばに移せないのだ…

男と女、マジックリアリズム、政治

■池澤夏樹『池澤夏樹の世界文学リミックス』 「世界文学」を紹介する一冊だけれど、まず誤解しないほうがいいことがあります。それは、いわゆる有名な世界文学を網羅する本ではない、ということ。 池澤夏樹という一人の作家が個人的に好む文学をベースに編まれていて、どちらかといえばニッチで聞いたことがないようなタイトルが多いです。だから「有名な世界文学は全部読んだな〜。もっと面白いのないかな〜」というような人に適しているのかもしれません。笑 私はそんなに世界文学を読んでいないので……

残虐性に隠されたもの

■エラリー・クイーン『エジプト十字架の秘密』 「国名シリーズ」の中でも特に人気があるらしい本作。 その殺人事件は、これまで読んだ推理小説とは比較にならないほど残虐的。首を切り落とされてT字型に磔にされる……というもの。小説の残酷な描写には比較的耐性があるほうだと思っていますが、それでもちょっと「ウッ」となりました(ちなみにホラー映画やスプラッターは無理です。小説だと読める 笑)。 ストーリー展開は『ローマ帽子の秘密』に比べてスリルがあって面白かった。全然目処が立たなくて

ピリッと利かせたワンアイデア

■アガサ・クリスティー『ポアロ登場』 長編で読むポアロはどこか根無し草的というか、家庭もなければ住まいもハッキリせず、ヘイスティングズ以外に友達がいるのかな……という感じですが、この短編集は違った。長編とは違うポアロが見れる。と、いうか、ほぼ別人と言ってもいいかもしれない。笑 翻訳者のさじ加減なのか、口調がいつもの気取ったベルギー人風ではなくて「〜だぜ」って感じで。誰だお前は!ホームズじゃん!です。笑 その点は残念なのですが、短編も面白い。 一番好きだったのは『安アパ

物語の中に浮かぶ幸福

■池澤夏樹『夏の朝の成層圏』 ただただ美しく心地よい一冊だった。 決してフワフワと理想を並べているわけではない。現実に起こりうる出来事かと聞かれたら首を傾げてしまうけれど、その描写はとことんリアルで、嘘がない。 無人島に身一つで投げ出された男。都市において生活は「手段」でしかないが、そこでは生活が「目的」になった。 一所懸命に自分を生かしておくべく苦心を続けた。あれほどなすべきことが目前にたくさんあって、その時その時の必要に追われて動きまわっていなくてはならない状態、

「あの人は、あんなに私を愛しはしないだろう」

■アガサ・クリスティー『杉の柩』 なんとも読ませるストーリー。先が気になって止められないという意味では、今までで一番だったかもしれない。 あらすじはこんな風に書かれている。 婚約中のロディーとエリノアの前に現われた薔薇のごときメアリイ。彼女の出現でロディーが心変わりをし、婚約は解消された。激しい憎悪がエリノアの心に湧き上がり、やがて彼女の作った食事を食べたメアリイが死んだ。犯人は私ではない!エリノアは否定するが…嫉妬に揺れる女心をポアロの調査が解き明かす。 (ほうほう

『ロング・グッドバイ』は、永遠の別れという意味での「長さ」ではなくて、さよならを発するまで(の心の整理)にかかった時間の「長さ」だと。「長いお別れ」はそのダブルミーニングかもしれない…と感想を書いている人がいて、なるほどと思った。たしかに、別れの決意って時間かかるもんなぁ。

彷徨いのミステリー

■レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』 初めてチャンドラーを『ロング・グッドバイ』で読んだときに抱いた感想は、「ミステリーじゃなくて普通の文学だなぁ」だった。あっちへ行ってこっちへ行ってと振り回される。探偵マーロウが華々しい推理を披露するわけでもない。そもそも何の事件を追っていたかもよくわからなくなる。 でもそんなことどうでもいいや。と思えるくらい、チャンドラーの饒舌な語りと力づくの振り回し方と美しい結末は見事だった。 そしてこの『大いなる眠り』はチャンドラーの長編

哲学というむき出しのプレゼント

■アルトゥル・ショーペンハウアー『幸福について―人生論』 本の感想を書く前に、記事タイトルの言わんとするところを書いておきます。 ★ ずっと「哲学」というものに苦手意識があった。おそらく多くの人が感じるのと同じく、「難しい学問」だというイメージが拭えなかった。それだけでなく「答えの出ない問題を延々と考えている学問」とも思っていたので、数学のようにハッキリと答えの出る問いが好きな自分にとっては、関わるとストレスが溜まるだろうなぁ……という恐怖心もあった。 加えて、「哲学

良い文章とリズム

■村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』 実は私は、海外文学を読むのがもともとあまり得意じゃなかった。翻訳された文体というのが読みづらくて嫌で。だから日本文学を好んで読んできて、本棚も日本5:海外1ぐらいの割合だったのだけど、最近怒涛のごとく海外文学(というかほとんどミステリー)を買っているので、今後割合が変わりそうな気がする。 慣れてしまうと、意外と「翻訳らしさ」が気にならなくなってきて、むしろその「少し遠い感じ」が、べとべとした日本文学よりも心地よいなぁと思うときもある。

その言動の意味するところは?

■アガサ・クリスティー『葬儀を終えて』 あぁぁぁぁぁぁ、これはやられた!!! これはやられる!! 向こう側でアガサ・クリスティがほくそ笑んでいるのが目に浮かぶ気がする……悔しい。一度でいいからポアロに勝ちたい!ミスリードを抜け出したい!「そんなの知ってたよ」って言いたい!そんな気分です。 あまり名前を聞かないけど、「やられた」感は『アクロイド殺し』並みじゃないかな?全体的に暗めなので途中テンションが上がらなかったけど……そういう意味では『五匹の子豚』のほうが好きだけど

エドガー・アラン・ポー『アルンハイムの地所』のエリソンによると、幸福の不変の法則は第一に「戸外でのびのび運動する」こと。第二に「女性に対する愛」、第三に「野心を軽蔑する」こと、第四は「絶えず何かの目的を追求する」こと(なお精神的な目的であればあるほど、幸福は大きくなる)。

ポアロだって、時にはやられる

■アガサ・クリスティー『ABC殺人事件』 有名でありながらも、どこか冷めた目で見てしまっていたこの『ABC殺人事件』。「Aで始まる地名の町で、Aの頭文字の人が殺され、Bで始まる地名の町で、Bの頭文字の人が殺され―」という非常にわかりやすいストーリー展開に、若干の「キワモノ」感を感じてしまったからだ。 でも私の信条は「面白いものから読む」なので(笑)、有名で評価の高いコレは読まなければ、と思って読んだ。結果、やはり面白かった。 他のポアロシリーズとは明らかに違う以下のよう

”I suppose it’s a bit too early for a gimlet”

■レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』(二回目)(ネタバレあり) ※完全なネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。 初めて読んでからまだ二ヶ月。こんなに早く再読したことはない。 「ギムレットには早すぎる」の意味がきちんと理解できないことがずっともどかしかった。検索してもしっくりくる答えはないし、ギムレットを飲むシーンだけを拾い読みしてもよくわからず、これは全部読むしかない。となった。 何よりこの小説をもう一度じっくり味わいたかった。 「ギムレットを飲