自由の嵐
僕は地面に倒れるのを自覚した。突き刺さった槍が自身から引き抜かれ、激痛がそれに従った。声は出なかった。喉を既に裂かれているからだ。
「これが、不遜な奴隷の末路だ!よく見ておくのだな!」
僕を刺した将校の声が遠く響いた。村人の小さな慟哭が耳に木霊し、頭を揺らした。兵士たちが村人を捕らえ、連行していった。
誰も罪など犯していない。旅人を一晩泊めただけなのだ。それは間違っていないはずだった。彼の風貌が常人離れしていたことや、荷物が妙に重かったことは関係ないはずだ。否。彼は僕に言ったのだ。
「キミもこの村から出てみたらどうだい?」
真っ直ぐな眼差しで彼は言った。できるわけがない。そう返したが、僕はこのとき雷に打たれたのだ。自由の選択肢を持っていることが、これほど羨ましく、素晴らしいと思える日が来るとは。僕は、彼に憧れているのだ。だから、自分に罪はないと思いたかったのだ。
意識が現実に引き戻された。将校やその兵士の、下衆な笑みを目に映す。燃やされる家々を見る。使い物にならない喉から、ゴボゴボと泡が出た。悔しさに涙が滲んだ。徐々に視界が暗くなり、やがて将校の槍が眼に焼き付き始めた。
『恨みを感じるぞ』
低い声がする。世界は槍の穂先と、僕だけになった。槍の意思だと、僕は直感した。
「僕は死にたくない、何よりも……」
『貴様か。何を望むか?』
声が自分に問うてくる。
「死にたくない」
『それだけではなかろう!憎くないのか!私の使い手が!』
「憎い?……憎い!僕を殺したアイツが憎い!村を踏みにじるアイツ等が憎い!なによりも!」
『何よりも?』
僕は心の底から、思っていることを言葉にした。
「『こうなって当然だ』って思ってる奴の顔が!許せない!」
『ならばどうする!』
「殺す!」
『よかろう!今の使い手に飽きたところだ!私をくれてやる!』
槍の存在は愉悦に震え、黒い何かを発し、僕に纏わりつかせた。
【続く】
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