届かぬ星は目の前に!

『西暦1996年。世界人口は三分の一を失い、人類の繁栄は……』
「ああ、どうもイイ感じの書き出しが決まらない……」
 マンションの一室。PCを前にして、無精髭の男がちゃぶ台に突っ伏した。PCの画面には文章。タイトルは『融合性大災厄から15年の節目(仮)』とある。男は部屋のキッチンの側に首を傾け、叫んだ。
「コーヒー!」
 0.5秒後には彼のもとに液体入りマグカップ。彼はそれを一息に飲み干し……「ゲホーッ!アーッ!」咳き込み、黒い霧を撒き散らした。
「お前!コーヒー様になんて侮辱を!許さんぞ!激辛に……ゲホッ。水!」
 0.5秒後に、彼の手元に水入りジョッキが飛んできた。男はゆっくりと水を飲む。
「お前、俺をコーヒーマシーンかなにかと勘違いしてないか」
 キッチンから声が響いた。男は激辛コーヒーまみれになったPCの画面を拭きながらぼやく。
「コーヒーをやたらスパイシーでホットにするのは冒涜的だ、やめろ」
「お前が自分で淹れればいいだろう。だいたい、『コーヒー』しか言わないで、それでほっとくと不機嫌になるクソはどこのどいつだ」
「クソってなあ、そんな言葉を使うもんじゃない」
「人をコーヒー呼ばわりするクソには当然でしょうに」
「こいつ……」
 しばしの沈黙が流れ、男が水を飲む音だけがあった。少し後、キッチンから声が飛ぶ。
「それで、モノは書けるわけ?進捗は?」
「書き出しから躓いているンだよ!そんでコーヒーでこれだ」
「口は激辛、気分は一新。いいことだろ?」
「気分一新……あっ!おい、外出るぞ」
 男は机のキーを取り、立ち上がった。ちゃぶ台の飛沫は全て拭われている。
「ええー、窓見ろよ、雨だぞ、ここいようぜ?」
 不満げな声に反して、声の主は準備を始めた。
「メールが来てたんだよ!副業の時間だ。頼むぜ」
「しょうがねえなあ……」
 男が玄関の扉を開けると、その眼前には光でできた橋と、空中を飛び交う車や人がある。

【続く】

サポートによってコーヒー代、おしゃれカフェ料理代等になり作品に還元されます。