実験体は奉仕を止める
-3月20日 15時56分56秒 『拡張施設』内部-
研究棟のブザーはあちらこちらにある。それら全てが警告音を鳴らしていた。
「力を貸すんだ」
白衣の彼はこちらへ向き直り、焦燥感を滲ませて私に言った。彼の背後で培養タンクが破裂し、中の「拡張者」が身を震わせ死んだ。中の水分がオゾン化し、異臭が仄かに漂った。
「どうして私を連れ出して、よりによって戦わせようとするの?私は頼んでない」
タンクを壊したスーツ姿の女がこちらに向かってくる。真っ赤な手袋にはエンブレムがあり、視線が引き寄せられた。エンブレムは何かに手をのばすかのような稲妻だった。
「君を放っておくわけにはいかない。俺には責務がある」
目を完全に逸したにも関わらず、彼はこちらを向いて話している。女のことなど眼中にないようだった。女は手を掲げ、手から放電を始めた。何かを叫んでいるが、私には聞こえなかった。私の聴覚は、目の前の男から離れようとしない。
「あなた、死ぬよ。このままだと」
「いいや死ねない。君を連れ出して、外の世界を見せてやる」
彼は私を向いて、目を見て話していた。そして手を差し出した。その手は少し震えていて、どうしてそこまでしているのかまるで分からない。背中から焼かれて死ぬという、終わりが近づいているのに。
「君は、この天井だけを見ていたいのか?木の匂いを、犬の鳴き声を、そして雨を。感じたいだろ?」
彼の声はどんどん震えていく。きっと怖いのだ。ずっと前にビデオで見た、鮮やかなヒーローのような度胸は彼にないのだ。それに、私の為に死ぬ必要は、誰にもない。
「でも、みんな、私がいないとダメだって言う。世界のためだって」
私は世界に絶対に必要とされていて、だからここにいて一生を過ごす。そんな使い古しの、けれど確固たる私の結論は。
「それは違うッ!」
聞いたことのない彼の気迫に押し流された。
【続く】
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