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『彼女がコンカフェ嬢だったら』

「お帰りなさいませ、ご主人様。本日もお待ちしておりました。」
とても上品とは言えないメイド服を着た女の子が、小太りなおじさんを出迎える。
「ルミちゃん、いる?」
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「コーヒーか紅茶、何飲まれ…」
「ルミちゃん、シーバスハイボール。」
「マエシマさん、お酒はダメだって、お医者さんに止められたんじゃないの?」
「いいからさぁ。作ってよ。ボトル入れてるのに、なんでコーヒー紅茶なんだよ。」
「かしこまりました。ご主人様っ。」
言わずもがなこんなメイドはいない。無駄な肌の露出と定着しない主従関係。ここはコンセプトカフェ。いわゆるメイド喫茶だ。つまりここのメイドどもはメイドもどきである。

店の扉がカランカランと鳴る。若い男がひとり、来店した。
「お帰りなさいませ、ご主人様。本日もお待ちしておりました。」
若いって、ここのキャスト達と同い年か少し年下くらいの。こんな歳してメイド喫茶にハマって、ワケありだなって思われる年齢の男。
それが僕だ。

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僕にはランダムに女の子がつく。
「何飲まれますか?」
「アイスティーください。ガムシロップ3つ。あとミルクも。」
「かしこまりました。ソフトドリンク飲み放題でよろしかったですか?」
「はい。お願いします。」
僕はソフトドリンク飲み放題だけで、女の子にはドリンクをあげないシャバ客だ。だから、たとえば今月は5日お店に行けた。
僕は目の前の女の子とはろくに会話しない。
「ヴィヴィアンのピアス可愛いですね。自分で買ったんですか?」
「へぇ、ありがとう。」
「誰か他に同じの付けてた気がするんですよー。めっちゃ欲しいってなってー。」
「灰皿ください。」
「ここの他にも、この辺りコンカフェとかガールズバーとかありますけど、行かれたりするんですか?」
「はは。そうねー。」
「私の話聞いてます?」
「ありがとう〜。」

僕は目も合わせない。なぜなら、僕の視線の先はルミちゃんの卓に固定されているからだ。
マエシマがルミちゃんの手を握ろうとする。
「だーめ。」
ルミちゃんがいじらしく、手を背中にまわす。
「いつになったらルミちゃんと手繋げるのよぉ。」
「ここはお触り禁止ですよぉ。」
「外ならいいんでしょ?」
「まぁ、誰も見てないですし…手繋ぐくらいだったら。ねっ。」
「じゃあいつプライベートで会ってくれるの?」
「学校が忙しいのー。あと、学校近いからお友達に見られたりしたら…。」
「なんだよぉ、俺と手繋いでるの見られたらまずいのかよ?なぁ、彼氏とかいないよなぁ?」
「いないってずっと言ってるじゃんー。」
「じゃあいいじゃん。だいたいさ、ルミちゃんの来店スタンプカード、こんなの意味ないじゃん。店外デートが来店10万回目特典ってなに?アメリカの司法かよ。禁錮200年イコール事実上の終身刑みたいな。」
「ルミ、おバカさんだから、あかんなァい。」
あー、アレクサかわいいなぁ。僕の彼女。爪の垢まで煎じて飲みたい。
アレクサとはルミちゃんのことだ。彼女の本名はアレクサンドリアで、ギリシャと日本のハーフである。源氏名のルミは、彼女のルーツであるギリシャにおける神話の女神、アルテミスから二文字とったものだ。そして彼女は、先にも述べたが僕のガールフレンドだ。
僕は彼女が他のおじさん、とりわけマエシマとここで時間をともにしているのを観察するのがたまらなく好きだ。どれだけアレクサ改めルミちゃんに金を使っても、お前らのものになるなんて10億光年はえーんだよ。そう心で罵倒して、甘いアイスミルクティーを流し込む。
「もう一杯。」
「ビールで。」
僕とマエシマが同時に言う。アレクサがビールを注ぎにマエシマに背を向ける。僕とアレクサの目が合う。僕はわざと、彼女に手を振って、口パクで「がんばれ」と言う。
彼女は少し気まずそうな顔をしようとして、笑顔で手を振ってきた。

「なんだよ、あんなやつに油売るなよ。」
マエシマが小さな声で、ルミちゃんに小言を言う。
「ごめんなさい〜。」
「やっぱり、若いやつの方がいいのか?」
「そんなことないよ。マエシマさんが一番だよ〜。」
「当たり前だよな。とにかく他の奴に油売るなよ。」
「マエシマさん、こわいこわいのお顔してるよ?」
「あーっ。早くルミと手繋ぎたい。」
「あっ!ルミのこと初めて呼び捨てにしてくれたっ!」
「あーそうだっけ?」
マエシマ、ジェラシーに駆られて、あたかも『ルミちゃん』が自分のもののように言ってしまったな。
「えー、ルミ嬉しい。呼び捨て記念日だね。」
「んあー、分かったよ。何がいいの?オムライス?」
「うんん。しゅわしゅわしたの、ほしいなっ。」
「し、シャン……?」
「パン。」
「いやいや、今月金使いすぎだよ。俺。もうルミちゃんに50万使ってるのに。」
「でも今日は呼び捨て記念日だよぉ。この記念日は今日しかないよぉ。」
「いやいや、勘弁してよ…。」
「ねね、シャンパンあけてくれたら、特別にっ!スタンプ3個押してあげるっ!今日だけだよっ。」
「そしたら…9734回来店……。分かったよ。すいません、モエ白くだ…。」
「マエシマっち!スタンプサービスしてるのっ!分かってるよね?ドン…?」
「……ペリ…。はぁ……。」
「お願いしまーす!ドンペリ頂きましたっ!」
アレクサ改めルミは、色んな客から指名されてシャンパンがポンポン空くようなキャストではない。だが、マエシマというとんでもなく洗脳された太客のおかげで毎月売上は店のトップ独走だ。
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「今日はこの辺で帰るわ…。」
「今日もありがとうね〜。ルミちゃんふわふわでしあわせ〜っ。」
「今日もね、チェキ、4枚。」
「おっけ〜。」

マエシマはいつも帰る時にチェキを4枚撮っていく。3枚はアレクサ単体で、1枚はツーショット。そしてマエシマはいつも2日空けてお店に来る。というのも、来店した3日後に消費したチェキを補充するためだ。ところで消費というのは、オナニーでアレクサ単体のチェキに精液をぶっかけるってことらしい。この四半世紀で最大に酔ったマエシマがルミちゃんにこぼしてしまったことで判明した。マエシマ:ルミ間の特別価格でチェキは1枚1万円。度重なる洗脳により、アイデンティティを失った彼の前頭前野はもはや正常な判断を下す機能を兼ね備えていない。

「お会計こちらになります。」
「ひぇ……。」
会計を済ませ、マエシマがスタンプカードを出す。アレクサがそのスタンプカードに首から提げたハンコを押す。3つ分。
ていうかスタンプカードでか。分厚。広辞苑やん。六法全書やん。小分けにしろよ。
「ごちそうさまー。」
「マエシマさん、またねーっ。」
さて、僕も帰るか。
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ところでマエシマは40代後半か50代前半くらいのサラリーマンだ。いつも首に提げた社員証をシャツのポケットに突っ込んでいる。生まれた頃から非モテだったんだろうな。不甲斐ない学生時代を過ごし、大人になって仕事に取り憑かれてたんだろうな。これまで女の味も分からずに生きてきたんだろうな。そうじゃなきゃ、こんなあからさまに阿漕な商売に捕まらない。童貞おじさんか。魔法使いになれるとでも思ったのか。今でも、いつかここぞとばかりに魔法でも使えるとでも思ってるのかな。アレクサを自分のものにできるって。科学じゃ証明できない、不思議な力で。

アレクサが帰ってきた。
「おかえり、今日もお疲れ様。ご飯、作っといたよ。」
「ありがとうね。」
「いや、お帰りなさいませ、ご主人様。か。」
「本当に、どっちがご主人様なんだか。」
僕はアレクサのヒモだ。アレクサがマエシマからちゅるちゅるしたお金で僕は生活している。
「今日もマエシマとラブラブだったね。僕、嫉妬しちゃった。」
「楽しんでたくせに。もっと女の子と話してあげて。」
「いいじゃん、別に。」
「変だよ。あんなの。私のお金であそこ来てるんだから、私の言うこと聞いて。」
「ところでさ、マエシマとの卓見て、むかむかしちゃったなー。ねぇ、アレクサ、僕のxxx、舐めて。」
「はぁ…。」
「いや、違うか。ルミちゃん。俺のxxx、お掃除して。」
「……かしこまりました…。」

ジュルジュルっ。ジュッ。ジュポジュポ。
(しこしこしこしこしこしこ)
ジュッ。ぺろぺろぺろぺろ。
(しこしこしこしこしこしこしこしこ)
ぐぽぐぽ、ジュっ、、ジュポッ、、、。
(しこしこしこしこしこしこしこしこしこ)
以下省略。


僕はアレクサの顔に果たした。少し彫りの深い目元にそれが溜まる。高い鼻先をつたって、何滴か、それがフローリングに落ちる。

マエシマは、やはりチェキに果てた。マエシマそれは、平面的にチェキからこぼれ落ちていく。

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数ヶ月の時を経て、アレクサはお店に給料を取りに行く。僕もそれに同行する。それを境に彼女はお店を辞める。
「ねぇ、今日マエシマさんいるはずだから…。」
今日は最後にマエシマが来店してから3日後だ。
「だから何だよ。さっさと給料貰って出ようぜ。あいつが来る前に。ところでは○寿司行きたいなぁ。」

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結局、アレクサが店長やら誰やらに今日を境に辞めることを説明するのに案外時間がかかった。

「ルミちゃん、辞めないでよ…。マエシマさん、どうするの。」
「本当にごめんなさい。彼氏が、やっぱりこのお仕事辞めて欲しいって…。」
「ねぇ彼氏さん、いつからルミちゃんとお付き合いしてたのよ。いつもお店に来てたじゃない。なんのつもりよ…。ほんと。」
「さぁ…。」
「確かにパートナーの意見は尊重してあげたいわ。でも、あなた客じゃない。ルミちゃん卓ついたことないじゃない。どいうことなの…?」
「お腹空いたー。」
「私の話、聞いてる……?」


そうこうしているうちにマエシマが来てしまった。

「あれ、ルミルミ、今日は私服なの。」
「あ……。いや、今日はお給料日頂きに来ただけで……。」
「え、?帰るの?先週、今日出勤って聞いてたけど。」
「ごめんなさい、私、もうこのお店辞めるの。もうここで働かないの……。」
「え?えっ?は??なにそれ。どういうこと?」
「本当にごめんなさ…」
「僕が辞めろって言ったんです。」
「え?お前、なに?ルミルミのなに?」
「彼氏です。」
「はっ?え?何言ってんの?お前。お前が?毎回キャスドリもあげずにソフドリ飲み放題のお前が?」
把握してんのかよ、きしょ。
「はい。僕が彼氏です。パートナーの反対という理由で、アレク…じゃなくてルミちゃんはもうここで働きません。」
「ルミルミ、どういうことだよ!!」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。何も言い訳はできないです。この通りなんです…!」
「はっ!?はぁ??なぁ、こいつなんかより俺の方が彼氏としてふさわしいだろ!」
「…。」
「俺、いくらルミルミに使ってきたんだよ。じゃなくて!そんな、金なし男なんて…。」
「マエシマさん。もう私にお金使わないでいいよ……。」

その言葉で、マエシマの中の何かが崩壊したらしい。

「あぁぁ!俺!アコ○とかプロ○スから借りてまで来てたんだよ!ここ!もう限度額はとうに超えてるから!金返すためにも、そのへんからは借りれねーんだよ!闇金使ってたんだよ!!どうしてくれんだよ!!」
「…。」
「なぁ…。ルミルミ、そんな金なし男と付き合って何がいいんだ…?そいつ…どうせルミルミに何も買ってあげられないだろ……?食わせられないだろ……?記念日にヴィヴィアンのピアスなんて買えないだろ……?」
「お金は……私……あるから……。」
「がァァァそれ俺の金ぇぇぇぇ!」
消費者金融のだろ。
「ていうか!なんなんだよ!俺は10万回来店しないとお前とデート出来ないのに、シャバ客のこいつは!お前とデートしてんのかよ!」
「あ、僕たち同棲してます。」
「あああっ!そもそもこのスタンプカードおかしいだろ!10万回来店!!??最後のページに小さく、『有効期限3年』って…。時空歪んでんのかよ!」
現にお前は既に1万4千回以上来店スタンプ押されてるけどな。
「なんなんだよっ!なんなんだよおおぉぉっっ!!!」
マエシマは、力なくフロアに倒れ込んだ。
それはまるで、ティツィアーノが描いた、死にゆくアクタイオンのようだった。

僕はアレクサの手を引き、そこから走って逃げ出した。人混みを分けて走った。人にぶつかっても気にしなかった。

もうこの街には用はない。

数百メートル走って、疲れて歩いた。

「はぁはぁ。」
「はぁはぁ。」
「修羅場だったね。」
「誰のせいだと思ってるのよ。」
「お腹空いた。」
「は○寿司……。どこ?」
「連れてくよ。電車乗る。こっち。」

僕はアレクサと一緒に、マエシマからちゅるちゅるしたお金で暮らしている。
でもこれからも東京で暮らしていくのは危険だ。さて大阪にでも住むか。今度はどこで働いてもらおう。


あー。マエシマ、ちんぽイライラさせてんだろうなー。
歯食いしばってオナニーしてほしい。

『ルミ』にとって、マエシマなんてただの客。
いくら金を使っても、ただの商売相手から恋人に昇華することはない。

それが分からない奴がいるから、今日も経済が回る。

誰かの無意味な犠牲が、誰かの生活を作っている。

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