0725のコピー

ひたひたとやってくる静かな狂気/『おとぎ話の忘れ物』小川洋子、樋上公実子

「何の遠慮もいりません。元々は忘れ物なのですから」

こういう始まりかた、たまらないなと思います。

だいすきです。

キャンディ屋さんにある、私設図書館。

そこはただの図書館ではなく、世界中の駅にあった『忘れ物保管室』から集められたおとぎ話の忘れ物だというのです。

それは一体どんなお話なのでしょうか。

まるで図書館に入ってしまったかのような、不思議な感覚に襲われる挿絵と一緒に語りかけてくれるのは誰もが知っているであろうおとぎ話たち。

『赤ずきん』『不思議の国のアリス』『人魚姫』『白鳥の湖』をモチーフにした短編なのだけど、そのどれもが妖しくて残酷ででも魅力的。

こういう静かに語りかけてくる儚い狂気みたいなものが小川洋子さんはとてもとてもうまいなあと思うのです。

湖のなかで起きている出来事をこわごわ眺めていたはずなのに、気がついたら胸ぐら掴まれて引き摺り込まれていたような感覚になってしまう。

例えば『不思議の国のアリス』をモチーフにした『アリスという名前』。

この物語は、ある少女が「私は、アリスという名前が嫌いだ」と言って始まります。

なぜかと言うとアルファベット順でいつも列の先頭にさせられるから。

アガサやアグネスがいればいいのに、仲間になれるのに…と文句を言って広がるアガサやアグネスがいる世界は、学生にありそうな、他愛もない妄想でとても可愛いのです。

だけど、そこから次のアリスという名前が嫌いな理由が出てくると、あの静かなやつがひたひたとやってきて、最後にはもう「ぐう」と逃げるようにアリスの物語から立ち去りました。

はあ、こわかった、、と思ってもまだまだ続きます。

樋上公実子さんが描くイラストがたっぷり入っているこの本はまた、想像力が一層掻き立てられてしまいます。

決して笑わない、おとぎ話の主人公たちが少しエロティックに描かれていて、それがまた「ぐう」とさせられてしまう。

こんなに短いお話なのにどうしたらこんなにぞくぞくするんだろうと思いながら読んで、最後の『愛されすぎた白鳥』を読んで、キャンディ屋さんとはそういうこと…!と最後は「ほうっ…」となり終わります。

4編しかないなんてつまらない。もっともっと、と思うのですが、これ以上この世界にハマってしまうと、最後のお話の漁師のように抜け出せなくなってしまうのでちょうどいいのかも。

次に読むときは、たっぷりの紅茶とそれからキャンディをひとつかみ用意して読みたいなと思うのでした。

もっともっと新しい世界を知るために本を買いたいなあと思ってます。