アルバイトで失態を冒したあの日

「外国をこの目で見てみたい」

大学時代、休学をして海外を旅したくなった。理由や目的は特になかった。

強いて言えば、その国や街に暮らす人たちの存在に興味があった。国内を初めて一人旅した時、旅先で出会う人たちが何よりも印象に残っていた。

海外の旅でも、きっとそこに面白い出会いがあるに違いない。

そんな夢を叶えるため、僕はガソリンスタンドで2年ほどアルバイトをしていた。

「オーライ!オーライ!ハイッ、結構です!」

「いらっしゃいませー!」

「キャップOK! ロックOK! お客様、お帰りでーす!」

「ありがとうございましたー!」

渋谷へと繋がる国道246号沿いのガソリンスタンドは、お祭りをやっているかようにいつも賑やかだった。一人が声を出せば全員で復唱するルールがあった。混雑時には、常に手と足を動かしながら声を掛け合っていた。

当時としては時給も高く、車やバイクも好きだった。

ひと昔前に比べてすっかりその数も減ってしまったが、セルフではなくフルサービスのスタンドだ。

だから、お客との会話も少なからずあった。

珍しいバイクに乗っているライダー、明らかにこれからツーリングに行くのであろうライダー。そんなバイク乗りには、給油中によく声を掛けたものだ。

フルサービスだから、車の誘導、オーダー、給油作業はもちろん、窓拭きや車内のゴミ処理なども全て対応する。給油以外にも洗車、エンジンルームの点検、オイル交換やバッテリー交換などの作業もある。

フルサービスであり、車やトラックがバンバン走り、都内へと繋がる国道沿いという立地。

「いつもこの店は混んでるわね~」

「このスタンドは活気があるなぁ」

実際、接客をしながらお客に言われたこともある。

大事なのは来店してくる車種(トラック・普通車・バイク)を確認し、最も効率が良いレーンに誘導してあげることだ。結果的にそれがお客のためだけでなく、こちらがスムーズに現場を回すことができる。

話が少し脱線するが、国産の普通車の給油口は、車を正面から見た場合に右手側にあることがほとんどだ。ただし、外車の場合は国産車と逆側(左側)になることが多く、我々の間では「逆タンク」と呼んでいた。

もっと細かく分類すれば例外もある。

旧車などになると後部トランクの中にあったり(ポルシェ)、バイクではタンクではなく、シート後方に給油口が隠れている車種(YAMAHA V-Max)もある。

トラックの荷台に乗っている重機にも燃料を入れてくれ、と頼まれることもあった。

* 

その日も、海外一人旅を実現させるために僕は働いていた。

「こちらへどうぞー!こちらでーす!」

1台の車が来店し、僕は手を上げて誘導を始める。

当時の僕と同じ年頃の若い男女4人組が乗っていた。

「オーライ!オーライ!」

(いいなぁ~、楽しそうだな)

手先や腕をきっちり伸ばし、後ろ歩きで誘導していく。

その時だった。


ガクッ!!


地面とマンホールの僅かな段差に足が引っかかり、僕はそのまま仰け反るようにして勢いよく転倒した。

それだけではなかった。


ポーーン!!


片方の安全靴が反動で脱げ、空中に勢いよく舞い上がった。

僕は格闘家のような動きで起きあがり、靴を履き直して再び誘導をした。

その時、車の中から一部始終を見ていた若い男女4人組がどれだけ楽しそうにはしゃいでいたことか。

おまけにフルサービスだから、そのまま注文を聞きに行かなければならない。それが何よりも辛い瞬間だった。

見知らぬ異国へ旅立つ前、お金を貯めるために懸命に働いていた日々。

こんな失態も今では懐かしく思える。

やがて、このガソリンスタンドは時代の波に飲まれて潰れてしまった。

現在は飲食店に様変わりし、当時の面影はもうすっかりなくなっている。

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