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書きたいから書けないという矛盾

どうもいいことならすぐ書ける。

あれおいしそう!
疲れた。

こんな些細なことならすぐ書ける。

お金のためと割り切るならすぐ書ける。

すぐに書けるは言い過ぎだが、仕事としてやっている以上、試行錯誤しつつも真っ直ぐ進んでいけるはず。なぜなら、書くべきことやその方法はある程度決まっているから。

例えば会社内であれば、業務連絡や顧客とのメールなど、書くべきことは決まっている。

例えば書くことでビジネスをしている場合は、コピーライティングや読み手を満足させる文章など、その方法に沿って書いていけばいい。

でも、仕事やお金に関係なく、自分の思いの丈を書きたいとき。何かを徹底的に調べあげ、とことん考察したいとき。

このような文章の満足度は、結局は自分が決める。だから、書きたいけど書けない。自分が納得するまでごだわりたいから。


とはいえ、それでもいいのではないか。それだけそこに情熱があるわけだから。

よく、「すぐに公開して何度も修正すればいい」というけれど、自分がこだわる記事はそれはできない。したくない。

でもこれこそが、何の縛りもなく書けることの醍醐味ではないか。

もちろんWEBの文章なら修正はできるが、最初の公開には自分なりの基準を満たさないと公にしたくない人もいるだろう。

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何かの目的ための文章は縛りがある。読者満足を意識したり、読み手に行動をさせたい時には、その目的のために文章が縛られる。

確かに、自分のための文章にも目的や縛りはあるが、公開するときの「基準」は自分で決められる。

これは贅沢だし、ありがたいことだ。

しかし、その贅沢な分、悩む悩む。苦労する。なぜなら、自分が納得しないと終わらないから。

だが、その苦労して考え抜き、何度も修正した言葉は、誰かに刺さるメッセージとなる。

少なくとも、それを書いた自分自身に強烈に響いているはずだ。


ブログやnoteを書いていると、下書きばかりがたまるだろう。

だがその下書きにこそ「書きたいけど書けない矛盾」の答えがあるのかもしれない。

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