見出し画像

豆話/新緑に染まる


 木々がざわめく音がする。

 さらさら流れる風。新緑の木々。その一本の根元に腰掛け目を閉じた。髪が静かに揺れる。風に乱れた髪を整えようと目を開ける。後ろ髪を触りながら目線を上げた。頭上には木漏れ日。ウロコのように光が散りばめられている。陽の光も風に揺らめきまたたく。あたたかな光。眩しくて目を細めると、緩やかな眠気が訪れた。
 そのまま目を瞑る。目の裏にはまだ新緑が焼き付いている。瞼を透かして木漏れ日が届くようだ。緑の間を楽しげに踊るそよ風たち。草いきれ、新緑の香りが鼻先をくすぐり挨拶をしていく。それを吸い込むように深呼吸。繰り返して繰り返して、身体も新緑に染まる心地がしてくる。葉はかさかさ、重なり合い、居心地の良い影を落としてくれる。ざわ、ざわ、耳に穏やかな音楽が届く。子守唄がわり。ひたすらに眠くて、まどろみの中、安らかな眠りに落ち着いた。

 そんなふうに過ごせたら。街中を歩くたび目に映る新緑を横目にそう思う。今日も今日を生きるべく、目的地目指して歩き続ける。

 新緑、深緑。緑にあふれた日。初夏はなんて素晴らしい季節なんだ。鮮やかな花が咲き誇る春が過ぎて、辺り一面緑色。晴れの日にこそ浸りたい緑色。

 窓をのぞいて外へと行きたい気持ちを抑えて。歩く道端に茂る緑に名残惜しさを感じて。そんなことを思いながら日々、緑色を瞳の片隅に記憶して生きている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?