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揺籃のゆらぎ

 昔といっても、ほんの1年ほど前の話なんだけど。駅の清掃の仕事をしていてね。
 清掃の仕事っていうのは、人生の最後にする仕事っていわれていて。
 ある年齢まで生きてきたものの、身についたスキルもなく、コネも育てられず、助けてもらえる人望、頼れる人脈もない。
 そして唯一の財産であった若さ=可能性も失ってしまった人が、人並みな給料をもらえる最後の仕事が清掃だと。
 いや、そんなことはないだろうと探してみた。


 その清掃の仕事の中で見つけた駅の仕事は悪くないんだ。
 ほかの清掃の仕事は、明日はどこのビル、次はあそこの公民館、夜は役所という感じで、毎日現場も違えば時間もめちゃくちゃ。
 道具を運ぶのも移動するのも負担になる。その上、場所によって、あれこれ違っている。

 その点、駅は日本の正確さの象徴のひとつ鉄道のための場所だけあって、正解が常にかわらない。きっちりと仕上げるべくゴールがある。
 ゴールデンウィークや、盆暮れ正月以外はきっちりやれば終わる仕事量だし、まじめにやっていればよい。

 自分はというと、今まで機械のオペレーターだったり、サラリーマンだったり、シスアドみたいだったり、ゲーム業界をかじらせてもらって。
 やりたい仕事、得意な仕事、好きな仕事、いろいろしてもうダメで。
 違う仕事で生きてきた。

 ただ、もうこれから何もしたいことないと思ったときに、ぱっと頭に浮かんだのが東京駅で。
 自分は東京駅の建物も、新幹線、特急や電車も眺めるのは好きなんだ。

 理由。
 まだ、1ケタだった時代。
 人生で最後に親子三人で幸せだった幼年期の記憶が、新幹線でいった静岡旅行なんだ。
 だから、そういう幸せな記憶をもって働けるのは最高じゃに。
 いまはいろいろあって辞めたものの、嫌になったわけじゃない。
何より、旅をする人のよい思い出を作れる仕事だから、割合好きな仕事だったんだ。   



 仕事の内容は基本的に機械を使うような仕事は週に2.3といったところで、ほかの日はモップや雑巾、ほうきにちりとりといったもので掃除する。
 なんといっても駅のホームは広いので、掃除機持って歩くよりそっちのが効率がいい。それも一人でする仕事だから。ある日の歩行距離はこんな感じ。


  よく歩くのは大変だけど、まあなれる。しかし、困ることもある。
 喫煙室の掃除はお客さんが全部出てからやらないといけないので、まず入り口を閉じて、中のお客様を出してから始めないといけない。
 時にはニコチン切れで、喫煙室の掃除しているのに入れてくれと因縁つけてきたり、れてくるようにすごむお客さんもいたけど、一服すめばみんな善男善女だ。



 ただ、ホームを清掃しているのって見たことあまりないと思うけど、ゲロとか、飲みこぼしとか、糞尿とか、そういう急ぎのもの以外は、終電が終わって一時間くらいして真夜中にするんだ。

 ところで夜勤はだいたい一人で回る。
 基本的には、ごみがない。きれいという状態にすればいいから要領がいい人は目立つところだけ、さっと片づけるて仮眠に入る。
 自分は教えてくれた人が熱心な人だったので、だいたい全部掃除してた。
 朝、ホームにいくことがあったら見てほしいんだけど、ピカピカだと思う。

 時にはお客様の目に見えないところをできるだけ移動するので、ホーム下と呼ばれる地下道みたいなところを移動する。
 地下道といっても、実際はホームは十階建てのビルくらいの高さなので、上だけれど。空の下の地下っていう感覚も面白いよね。
 そこはもう夜中になると本当に人がいなくて静まり返っている。

 そこはコンクリートの檻みたいなところで、夏は燻製になりそうに暑く、冬はルーベンスの絵を見に行けそう。
 秋ともなれば始発を待つ電車の排熱で温まったりする。
 そんな日のこと、夜中にひとりモップをもって「君とどこかへ行きたい」を鼻歌で歌いながら掃除していると、子供の声が聞こえた。
 ホームには人影はない。
 もしかしたら、お客様が落ちていることがあるかもしれない。

 慌ててホーム下に降りると誰もいない。いや、誰かいる。いや、いた。

 非常灯のあかりと、新幹線の停車灯の点滅した光しかないから、モンタージュ効果で、自分の脳が何かを作ったんだろう。
 そう思って仕事に戻った。

モンタージュ効果:複数の画像を見ることで間に存在しないところに何かを見てしまうこと。


 翌日も夜勤だった。
 出社した20時くらいにはそこそこついていたビルのあかりも、時間が過ぎるにつれて消えていって、12時を過ぎると、ひとつふたつしか残っていない。
 今日もひとり仕事なので同じように仕事にとりかかる。ホームは数本あるので今日は違うホームだが。
 「君とどこかへ行きたい」をうたいながらするが、今日は若干怖いので声が大きかった気がする。
 なんでこの歌ばかり歌っているのかというと電車の曲なんですよ。九州新幹線を舞台にした希望に溢れた曲。

 歌っているうちに元気になってきててきぱきと進める。
 だいたい汚れはコーヒこぼしたあとなんで、あの人魚マーク滅びないかなと思いながらモップや雑巾でこする。
 一息ついたとき昨日自分が掃除していたホームが視界に入る。 みんな早めに仕事を片していたので自分しかいない。 見えたら見えたでネタになるし。
 

  小さめの影が見えた。
 あの猫を写真に撮ろうとしたときに映ってしまう失敗した残像みたいなもの。
 とりあえず自分が唯一ちゃんと憶えている三種太祓を唱えながら掃除を続けた。
 そちらには目を向けない。顔を見てはいけない。
 そう思っても目に入るそれはどこか楽しそうで、ホームを回っている気がした。

 日勤の時に暇な時間を見て、影を見たあたりを見回る。
 さっとホームの逆側にいけばおかしくはない位置だった。
 地下に通ずる階段なんかもあって、そこから出たり入ったりすれば、昨日の自分の位置から見て、何かが移動したように見えたように思えた。
 そうして探っているうちにカチっとはまった。


 夏のこと。
 せっかくこういうところで仕事しているのだから、実話怪談勢に話の一つも提供しないといけないと、暑い盛りに何か怖い話ありませんか? と先輩方に聞いたことがあった。
 ホームの下の一角。空調機なのか、何かの音が
ずっと響いている空間。
 中で数人から聞いた話。
 自分が見たのも、話しに聞いたのも、同じ場所の違う階や、周辺だということに。


 気になって調べてみたが、そこで人は死んでいなしい、事故もない。
 昔、電力会社で下請けをしていたんだけど、その時に女の幽霊が見える場所があった。
 自分をはじめ数人見たんだけど、そこは高圧電線に囲まれていて。仮眠室もあるので、そこで寝ると悪夢を見やすい。

 同じ状況だ。
 駅には電車を走らせるための電気が潤沢にある。駅のそのあたりもそういうブロックなのかもしれない。
 そして、夜勤。本来、寝るはずの時間帯。
 脳が誤って作動しているのだ。

 影を思い出す。背格好、容姿を見たことはないが写真でよく見ていた。
 あの子供は揺籃の頃の自分。影の自分。
 君とどこかへ行きたいなんで、毎日歌ってたから、脳の中で生成されていたのかい?

 どうだろうか。
 あの夜の駅を好奇心を持って歩き回っていた幼い姿。今は横にいて、旅に誘ってくる。

#創作大賞2023 #エッセイ部門




 



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