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“愉快なオトナたちのリアル講義”〜ロックンロール新世紀〜✠

高校生によるオトナたちへのインタビュー第7講
数々の企画を鋭い人選で仲間と楽しく立ち上げる”六本松 蔦屋書店館長/ロックンロール新世紀”南原尚幸さんによるリアル講義
自分の好きな音楽をシャウトし続けて仕事を’自分のもの’にする南原さんの思考を聴き解く今回のインタビューは〜ロックンロール新世紀〜。プロフェッショナルの思考法をここに書き留める。




1,これまで:history


これまで:history





小学校からサッカーをやってて、時は1986年メキシコのワールドカップ。マラドーナが大活躍してて、マラドーナみたいになりたくて毎日めちゃくちゃ練習してた。同じ左利きだし体型も似てたし、マラドーナの写真を下敷きに挟むくらい好きだった(笑



でも中学1年の終わりごろに試合で大怪我をしちゃって、3ヶ月くらい入院してしまいサッカーができない時期が来て。。
その入院中に姉がラジカセと1本のカセットテープだけを差し入れ?で置いていってくれて。それがトップガンのサウンドトラックで、やること無いのでひたすら繰り返し聴いた。これが本格的な音楽体験かも。それまでは姉の部屋から流れてくるチェッカーズくらいかな。

そこから音楽にハマって、退院したらテレビでやっている洋楽番組(ナイトジャック福岡とかNHKの特集とか)を片っ端からチェックして気づけばガンズ・アンド・ローゼズやモトリー・クルーなどのLAメタルに辿り着き、何て派手で華やかでアホっぽいんだと感動。

結局その年にもう一回骨折して、2年生ではほとんどサッカーをやれなかったけど気持ちはもうLAメタルに行ってたのでへっちゃらだった。
そこからエレキギターって何てかっこいいんだ!という世界中のキッズたちが通るルートを僕も進んだけど中学では買えなかったので知識だけが無駄に増えていき、アンプは絶対Marshallの真空管が良いとかMade In USAじゃなきゃダメだとか。

そんなこんなで中3の中体連が終わったんだけど、うちの部活は顧問が鬼すぎるので(みなさんが想像する以上に)部活の引退=釈放みたいな解放感が凄かった!込みあがる笑顔!
そして高校になってからは念願のエレキギター人生の始まり!サッカーも続けようか迷ったところで成長期にともなう巻き爪で断念(しょぼ!)。

毎日ギターの練習に明け暮れるわけで。それはマラドーナ―に憧れた時と全く同じで、とにかく練習しまくった。マラドーナがイングヴェイに代わった。結局ぽっちゃり体型である。

ギターを毎日弾いてる中でいきなりの試練が来た。林間学校である。教則本には「1日練習をサボったら、感覚を取り戻すのに3日かかる」って書いてあったのでめっちゃ焦った。ずっと練習したいけどどうしよう、って悩んでるうちに当日になっちゃった。どんだけ真面目やねん。でも、本気でやってることに対しては偶然って起こるんだね。宿泊先の山小屋にクラシックギターがあったから、そのギターを触って一安心。振り返れば練習が好きな人種なんだな~と思う。

今でこそYouTubeで本人解説みたいなギター講座があって目で耳で学べるけど、当時は「基本耳コピ」。イングヴェイの体系はコピーできるのに、ギターは速すぎてわからない!そんな当時、画期的なラジオ番組があって、佐川急便プレゼンツ「パープルエクスプレス」っていう番組なんだけど。成毛滋というおっちゃんがラジオの電波で「1番線12フレット人差し指ダウン」という感じでギターを一音一音解説してる。これがまたマニアックでレーサーX(ポールギルバートが在籍していた)の超絶速弾き楽曲を丹念に解説してて(笑)。あれは凄い番組だったな~。

でもそんなにたくさん練習しててもバンドを組んだり、ライヴをしたいとう欲求は不思議となくって。この歳になってからLAメタルみたいな華やかな生活を送れば良かったとちょっと後悔したりして。

初期衝動と継続!



2,仕事:team


仕事:team




僕は1974年生まれでラモーンズ結成と同じ年なので、ひとつのことをやり続けることこそカッコいいという価値観があり、就活でも音楽一本に絞って、生意気にも「店舗はイヤで福岡でバイヤーを」と面接で言い続けた結果、見事に東京で店舗に配属される。


そして当時うちの会社の肝入り事業であるディレクTVの専任担当となり、衛生放送のアンテナを売る新入社員1年目となる。ギリギリ音楽の番組があるけど何か違う。。この頃はLAメタルを卒業して、ブランキー・ジェット・シティに心酔していたのでアンテナ工事に使うモンキースパナを手に取り「ちょっとブランキーっぽいな」と感じるくらいで日々の仕事がつまらなかった。
そんな時に一個うえの先輩が「南原くん、今不本意な仕事をしていると思っているやろ。でも与えられた仕事を100%やり切ったら絶対やりたい仕事に就けるよ」と言ってくれ、ブランキー好きは基本純粋なのでアドバイス通りにがんばってみると販売数日本一になって、東京で映画のバイヤーになれ、その1年後念願の福岡で音楽バイヤーになれたのよ!

本当にラッキーだなとは思うけど、やりたくないことでも100%やり切れば想いが叶うとわかった20代だった。

そんな最高なバイヤー生活も8年目、とうとうまた東京本部に行く日が来て。。仕事は音楽の商品本部なので好きな仕事ではあるけど福岡じゃない。なので目標を3つ掲げて上京。

・1つ目、木村カエラに会いたい(すぐ叶う!顔ちっちゃい!)。
・2つ目、ジョーアルコールの作品を扱う(上京3ヶ月目にソロ作「GENERATOR THIRTEEN」のリリースが!全国TSUTAYAで3000枚導入!叶った!)。
・3つ目は「レンタルのJ-ロックの品揃えでタワーレコードに勝つ」。これは3年間かかった。

「ロックンロール新世紀」というライフワーク的なコーナー企画(兼イベント)を軸に、毛皮のマリーズ、ボヘミアンズ、キングブラザース、死ぬまで生きるもんズ、ベロニカ、ニートビーツ、踊ってばかりの国、ネズミハナビ、夜のストレンジャーズ、トラベラーズ、GET HIP RECORDS全般などなど今まではレンタル売場ではお目にかかったことがないホンモノでカッコいいバンドをしこたま全国展開して、最終は裸のラリーズのレンタル解禁を行い、「TSUTAYAのロックの品揃えがヤバい」「海賊盤貸してんじゃねーぞ」とお叱り(お褒め)の声を頂き、無事に福岡に帰還。

その後は、福岡で九州商品部という地域で初めての商品部を(勝手に)創り、地域での可能性を色々と模索してて、その延長線上で「六本松 蔦屋書店」を立ち上げ今に至るのだけど、結局やっていることは好きなモノを通したコミュニケーションで、違うジャンルの方々と接する時も根底にはお互い好きなモノの熱量があって、それで相手を信頼できるので「一点突破な武器/熱量」を持つことはとても重要。それがあれば大丈夫!

ブランキーの歌にも「見た目はダメでもハートがあれば、それだけでラッキー、生まれてきたかいがあったってもんさ」とあるし。やっぱりハートやね。

目標を立てて100%やり切る。一点突破!



3,展望


展望





エンタテインメントはなくても死なない。でも衣食住は無いと死んじゃう。


この歳になると健康について考えることが増える(笑)。
とくに「食」が一番重要だってことが調べれば調べるほどわかってきて、何てこった!日本は安心安全と思ってたけど全然違うやんと気づいてきて。
世界中で禁止されている危険な添加物や農薬の使用率がトップクラスなんだって。医療とかも闇が深いしさ。
そんなことをコロナ禍で色々と調べてたら本当の豊かさって何だろうとか、ヒトに良いコトや社会に良いコトって何だろうって真剣に考えるようになってきた。

そんな中六本松 蔦屋書店を創って5年経ち、すべてを出し尽くした感があるの今はたくさんインプットしていて、また違う切り口でソーシャルグッドな取り組みを実現できればと思っている。
子どもたちの世代に大人のツケがまわらないように今大人はもっと踏ん張らないかん時なのでそんなこともアウトプットできたらな~と思っとります!

でもエンタメも必要!
俺たちの人生の参考書はいつだって映画や音楽さ!

いくつになっても日々勉強。アウトプットも忘れずに。






今回のインタビューは高校生の自分にとって将来を考えるキッカケになって、とても楽しかったです!
一点突破!!

六本松回!

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