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百年文庫64 劇

三篇とも、信仰・裁判といったテーマが中核をなしているのが面白い。
「劇」という漢字に沿った作品という観点で選ぶなら、もっと他にもある気がするけど、短編で、他の巻に採用している作者との兼ね合いとかも考えだすと意外に難しい。
自分だったら何を入れるかな?ということを考えてみるのも百年文庫の面白いところ。

拾い子/クライスト

養子として迎え入れた少年は、やがて妻の命を奪い、自らの人生を破壊するおそるべき存在となった。悪意の連鎖を描いた物語


昔読んだ時は、もっとニコロは悪意を持って家庭を破壊した人間だと思った印象があったのだけれど、読み返したらそこまで悪辣な人間ではなかった。あまり意志や徳の優れた人間ではなかったらこういうふうになってしまうのもわからないでもないよね、という感じ。クライストは「ミヒャエル・コールハース」が好きなのだけど、どうにもならなかった閉塞感を描くのがやたらと上手い。この読後感が好きか嫌いかで好みが分かれる作家だけど、私は結構好きです。

断頭台の秘密/リラダン

刑の執行を前に、死刑囚にある試みを依頼した医者。科学への無軌道な信奉がもたらした悲劇とは。

「断頭台は痛くない」という科学的理論(とされている通説)と、あのビジュアルのインパクトからくる人間の本能的な恐怖心の間に絶妙に溶け込むじんわりしたホラー。不気味で不愉快な夢みたいな心地がポーみたいだなと思っていたら、巻末の「人と作品」に「ポーに影響されて短編小説を書くようになり」と書いてあったのが面白かった。やっぱり影響された作品の気配って結構はっきりと滲み出るものだなあ。


歌手/フーフ

世にも妙なる歌声を牢獄に響かせるのは、有罪確実の凶悪殺人犯。声に魅せられた人々が勝ちとった男の無実と、その代償。

話の構成は「拾い子」と似ているけれど、凶悪な人間と知りながらも所詮は百姓、と下に見た甘さから来る自業自得という感じがする。手を尽くしても救うことはできない、と一人の青年を見捨てた同じ日に歌手を救う皮肉さも含めて、主人公の偽善的な雰囲気が出ているので、嫌な話なのになんとなく爽快感がある。

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