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天に聳える出雲大社

「わー、鳥瞰図だ」
滅多に飛行機に乗ることがないものだから、小さな窓から見える山の稜線、海岸線や整備された田んぼにいちいち感動しながら、目的地の空港に降り立った。

出雲に行きたいと思い始めたのは、もう10年以上前のことだと思う。踊り子には神話が好きな人が多い。周りの神話好きに囲まれて神様の名前や物語などを耳にするうちに、舞台となる場所に興味を持ち始めた、そんなところだろう。

「出雲縁結び空港」に到着すると、Hさんが満面の笑みで迎えてくれた。島根に住む彼女とは、数年前に出会った頃から「一緒に出雲大社にお参りしましょうね」と言いつつも、世の情勢にも阻まれてなかなか叶えることができなかった。そろそろ旅行をしたいなあ、そう思ったとき真っ先に思い浮かんだのは出雲だった。カレンダーを見たら何も入っていない週末が一箇所だけある。スーッと吸い込まれるような空白に「出雲」と入力して行き方を調べ、すぐにHさんに連絡して一緒にお参りする約束をとりつけた。その日から一ヶ月後、ついに出雲での待ち合わせができた。

実際に会ったのはほぼ3年ぶりだ。普段オンラインで話したり顔をみたりしているから、久しぶりという感覚はあまりなかったけれど、たぶん二人ともはしゃいでいた。挨拶もそこそこに彼女の車で出雲大社に向かう。晴れ渡った青空にぷかぷか浮かぶ雲を見ながら、出雲にまつわるたくさんの話を聞かせてくれた。あっという間に出雲大社に到着すると、朝10時前だというのに強烈な日差し。ここは太陽の国だったっけ。夏休みだ!と心の声がそのまま反映されたような青と緑のコントラストに少々たじろぎながらも、念願の大社にお参りすることができた。

出雲では四回手を打つんだよ、神様は西側を向いているんだよ、となんの下調べもなくボンヤリと旅に出てきた私に教えてくれた数々の話の中でも、お社の高さについてのエピソードはとても印象に残っている。今の本殿は高さ24メートルだけれど、その前は倍の48メートルほどだったとか。七世紀頃の日本にそんな高い建物ができるはずはない、ただの伝説だという歴史専門家と、あったに違いないという出雲の民。その検証に挑戦した大林組とその後に出土した御柱。境内には出土した場所に柱のマークが描かれ、柱自体は近くの博物館に展示されていた。出てくるタイミングを見計らっていたのかな、と思いながら大きな柱を眺めた。

さてここまで歩いてきた参道や境内には、可愛らしいウサギの像が点在している。神話に出てくる「いなばのしろうさぎ」がモチーフになっているようだけど、それにしても多い(現在61羽いるらしい)。年季の入ったお社と、最近できました感あふれる石像の対比に笑いながらも、次々と写真に撮りたくなって、すっかり思惑通りに動かされている。何度見てもかわいい。

本殿後ろから
野見宿禰(相撲の祖)神社横
日本酒発祥の地…?!うさぎじゃない子も…?!

そして今年三度目のおみくじを引く。出雲大社のおみくじには吉凶はなく、番号と神様からのメッセージのみが書かれていた。「和譲(和やかに譲る)」「恭敬(慎み敬う)」「忠恕(良心に忠実、思いやりが深い)」を旨とし、「驕慢(傲り高ぶる)」はなすべからず、と。前半はそれぞれ、出雲大社、仏教、論語の教えのようで、懐が深い……というのだろうか。

ともあれ、しっかりとお言葉を刻みつけたところで、昼食に向かうことにした。大の人気店で、開店同時に行かないとすぐに長蛇の列ができてしまうとのこと。開店少し前に到着したら、ありがたいことにスッと入ることができた。しっかりとした歯ごたえがありながら、スルスルと喉を通っていく割子そばは本当に美味しくて、日差しに火照った体をやさしく冷やしてくれた。

参道のお店をぷらぷらして雑貨を買って、国譲りの交渉をしたといわれる稲佐の浜を訪れ(「和譲」の教えは国譲りからきているようだ)、博物館に立ち寄った後、松江の宿へ向かった。ここまでたっぷりとエスコートしてくれたHさんに宿まで送ってもらい、夕食で合流する約束をして一旦別れた。

稲佐の浜の弁天島

部屋に入って撮った写真を眺めていたら、眠気が襲ってきた。朝一番の飛行機に乗るために羽田空港のカプセルホテルに泊まっていたので眠りが浅かった。広めの部屋でサイドテーブルもスーツケースを広げるスペースもあり快適だったけれど、ベッドが少し硬かった。一日くらいならいいけど、私にはバックパッカーは無理だなあと思いながら宿のベッドで仮眠したらちょうど良い時間になり、再びHさんの車に乗って宍道湖畔へ出かけた。

宍道湖といえば夕日だ。夕日スポットに着くと、日が落ちるのを待つ人がポツポツと座っている。ちょうどいい場所に雲がかかって太陽を隠していたけれど、落ちる瞬間には丸くて赤い光がしっかり見えた。線香花火が落ちるのを見守るように、日没を目に焼き付けて、夕食のお店へ向かった。

座敷に通されたらすっかり寛いで、朝からずっと喋っているのに、まだまだいくらでも話せた。何の話をしたかといわれたら大半が他愛もないことで、それがなんとも心地よい。翌日の待ち合わせを決めて、おやすみなさい、と旅の第一日目を締めくくった。

旅のお供に持ってきた本がある。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『日本の面影』という短編集だ。出雲行きを決めてから読み始めたもので、ギリシャで生まれアメリカに渡り、各地を転々としながら日本へ辿り着いた彼の日本への、松江への愛情がたっぷりと感じられる。出雲大社へ訪れた時のことが書かれた「杵築ー日本最古の神社」という一編を読み返すと、本殿の高さについて書かれている箇所があった。

・・・この社はもともと、神代の昔に、天照大御神の御命により建てられたものだからです。当時は、本殿の高さが百メートル近くに及ぶ、それはそれは広壮な建物でございました。(中略)垂仁天皇の御代に、最初のご改築がございました。(中略)その社殿も立派ではございましたが、高さが五十メートルほどしかありませんでしたので、神代に造られました最初のものに比べれば、確かに見劣りはしました。・・・
ラフカディオ・ハーン『新編 日本の面影

八雲が宮司さんに聞いたお話の部分だが、読んでいたはずがまったく頭に入っていなかったようだ。それにしても百メートルはさすがに伝説なんだろうな……。

つづく

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