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自分【セヴン#ス】

 私の担当アイドル、七草にちかの物語。シーズ3つ目のシナリオイベントついて、私の考えと想いをここに記す。

当記事内には【セヴン#ス】はもちろん、過去のコミュのネタバレも多分に含まれるためご注意ください。


音楽はとまらない

 新旧の相方、不意の邂逅、準レギュラーの同枠――その他様々な要因により、にちかとルカは互いを意識してフラストレーションを募らせていた。

 どんなに仕事をこなそうと脳裏には相手の影が過る。それでもにちかは進み続けていた。常に必死でいることで、不安な気持ちを塗りつぶしながらここまで来たのだ。

 にちかはG.R.A.D.を経て、あるいはそこまでの長い道のりを経て、シャニPが信頼に足る人間であると知っていた。どんなに自分が強く当たっても挫けない、何とか寄り添おうと努めてくれる。そんな彼のひた向きさに触れれば触れるほど、自分の仕事が芳しくない現実と向き合わされ、心が軋む

 シャニPにプレゼントされた、にちかのステージのための靴。しかしそんなロマンチックな理想が先行しようと、現実のステージは奮わない。自分の為に苦労していることすらも隠そうとするシャニPを見て、にちかは自分の無力さをより痛感させられ、焦燥感が加速する。

 にちかはシャニPの優しさも努力も、全て解っている。そしてそれを享受してもまだなお未熟な自身を許せず、シャニPの行為を直視できない。だからそんな彼の優しさをぞんざいに扱うことで、なんとかバランスを取ろうとしているのかもしれない。そんなことで彼が身を引くことはないと解っているのに、自分が本当はこの靴を捨てられないと解っているのに。


 それでも音楽は止まらなかった。
 リフト上のペンシルターンをアカペラに変えても、コンテンポラリーダンスを諦め歌に専念しても、合わない靴を脱ぎすてて裸足でステージに立とうと、にちかは決して音楽を止めることはなかった

 どこかで立ち止まってしまっては、自分に課した「美琴さんが飛べるように、美琴さんの隣に置いてもらうための台になる」という役割すら失われてしまう。自分より相方に相応しかったかもしれないルカの姿がチラつくにつれ、意地でも進み続けなければならないと焦る。
 自分の居場所を守る為に。


 きっかけは、にちかの暴言を通りがかりの美琴に聞かれてしまい、誤解を生んでしまったのではという不安だった。そしてとどめは、美琴が不意に口にした「ルカ」という言葉であった。自己肯定感が低く察し能力の高いにちかにとって、それは美琴の隣に自分が居られなくなる可能性を予感させるのには充分。
 ここまで肉体を追い詰め続けてきたことによる過労、精神を追い詰め続けてきたことによるストレス。それらがにちかを襲った結果、遂に症状となって表れた。

 突発性難聴――アーティストが陥りやすいとされる、突然耳の聞こえが悪くなり、耳鳴りやめまいなどを伴う原因不明の疾患。にちかの陥った症状がそれだと断定できるわけではないが、いずれにせよ彼女はもうステージに立つこともままならなかった。


 ここまで響きを繋いで鳴り続けていた、にちかの音楽はもう――



八雲なみを巡る旅

 冒頭から始まったそれは、まるでドキュメント番組の一節のようなインタビュー。最新の音楽シーンでは海外を巻き込む八雲なみのリバイバルが起きており、その流行に応える為の企画のようであった。

 時代が追いついた、とでも言うのだろうか。
 かつては人気の無かった曲も含め、再評価されてきていた。


 そんな折、八雲なみトリビュート・ギグの企画が立ち上がった。それはカバー曲を出演アーティストが一曲ずつ担当する、音楽寄りのコアなイベント。そして出演者の一人としてにちかにも話がやってくる。それは彼女が、八雲なみの大ファンであることを公言していたからだろう。

 シャニPはそれを、先ず美琴に話した
 まだシーズは協和する音を出せておらず、それは客観的に見ても283プロの良さが全然ないデュオであった。もちろんシャニPもそのことに気付いており、だからその糸口を常に探っている。互いの考えに思いを馳せる機会を大切にし、やりたいこと・やりたくないことを尊重したいと考えていた。

 そして今回の企画はアーティストへのリスペクトが強く、2人に実りのある経験を積ませるのにうってつけであった。だからにちかだけでなく、シーズとしてステージに立って欲しかったのだ。

 そしてこの企画は、根底に八雲なみへの深い理解が必要になる。それは図らずとも、にちかのパーソナルにも迫ることになるのは必至であった。だからシャニPは、美琴がにちかの気持ちを汲む機会になるのではと考えたのかもしれない。

 人は究極的には理解し合えない。それなのに理解し合いたいと望むなら、その想いはもう理解することそれ自体よりも尊いに違いない。
 かつての美琴なら「わからない」で終わっていた問いだったかもしれなかったが、モノラル・ダイアローグスの伝えるレッスンを経て、美琴は自らの意思でその先を知ろうと想ってくれた


 美琴は、求められている完璧なパフォーマンスを発揮し、見た人に感動を与えたいがためにステージに立っている。
 しかし今回はトリビュート・ギグ。トリビュートとは、相手に思い入れや敬意を示すこと。この課題における『完璧』とは、ファン同士で懐かしむだけでなく、八雲なみを未来へつなぐステージにすること。

 美琴に妥協はない。
 テクニカルには容易に模倣できると考える八雲なみのパフォーマンスは、けれども現代に至るまで多くの人を魅了している。ならばそこには理由があるはずで、それを知るためにアイドル八雲なみのバックボーンを巡る、美琴の旅が始まる。

 現物を手に入れるべくレコードショップへ赴き、
 にちかから受け取った大量の資料を紐解く。
 ギグ企画のスタッフや芸能事務所社員にも話を聞いて、
 果てはオタク気質の評論家まで捕まえて造詣を深め、
 現場で彼女を送り出していたステージスタッフの言葉へつなぐ。

 トリビュートをカラオケで終わらせないために。


 これもトリビュート・ギグ企画を構成するドキュメントの一節だろうか。後のインタビューで美琴はこう答えている。

(※ゲームの構造上忘れがちだが、W.I.N.G.はユニットで出場している)
 美琴の、八雲なみに迫ろうとする姿勢はとても真摯で、それは『パフォーマンス』という言語を通じてにちかにも触れようとしていた



『パフォーマンス』という言語

 思い返すまでもなく、美琴の伝える力は乏しい。
 「伝えるレッスン」を経ていざその蓋が開いてみれば、美琴は言語化できるほど主体的な思慮を持ち合わせてはいないようにすら思えた。それはテクニック向上の為の思考以外の全てを削ぎ落して到達した境地。そこにはまるでパフォーマンスを評価する客観しか無いかのよう。

 だから美琴にとって、言葉の持つ力は弱い。
 それは発する側であっても、受け取る側であっても同じく、美琴は言葉による伝達に鈍い。言葉巧みなコミュニケーションで相手との位置関係を図るにちかやシャニPとは正反対だ。言葉により誤解を生んでしまったのではないか、そんなにちかやシャニPの動揺も、彼女の理解の外であった。


 しかし美琴はG.R.A.D.を経て、自分自身が何をしたいのかというマインドと、少しだけ広がった視野を手に入れていた。

 そしてその広がった視野は、相方を捉えていた。

 美琴のアイコンタクトの提案。それはにちかを歓喜させるのに充分な、彼女の自己肯定感を刺激するものであった。しかしその意味するところは、アイコンタクト以前からステージ上のにちかをしっかりと見ていた、だからで きた提案ということなのではないだろうか。
 けれど言葉でのコミュニケーションに頼っていたにちかは、そのことに気付いていなかった。ステージの上で自分から美琴さんに視線を合わせにいくなど、恐れ多くてできなかったのだから。

 機材が下がって、もうアイコンタクトの必要がなくなった後でさえ、美琴は相方を見ていた。言葉を交わしても気付くことの無かったにちかの動揺を、しかしステージの上では完璧に捉える。だからそのフォローは恐ろしく自然で、見てた人のうちの何人が異変に気付いたのだろうか。

 美琴はステージの上に置いて、『パフォーマンス』という言語を通してにちかに迫ろうとしていた。発する側であっても、受け取る側であっても同じく、美琴は行為による伝達に鋭い
 美琴にとって、行為の持つ力は強かった。


 思い返せば、美琴は何度もそのことを、拙い言葉で伝えようとしていた。言語化できない想いを、行為に乗せて届けるために


 そして思い返せば、美琴はステージに立つ人の行為からその想いを受け取ろうと試みていた。言語化されても汲み取れない想いを、行為を通して推し量る為に

 パフォーマンスに乗せられた想いなら、美琴は決して無下にしない。だから美琴の、八雲なみに迫ろうとする姿勢はとても真摯で、それは『パフォーマンス』という言語を通してにちかにも触れようとしていた。


 ――さらに思い返せば、言葉足らずの美琴は今まで何度もその行為を通して、相方との対話を試みていたのかもしれない

 その行動理由を聞かれても、美琴は上手く言語化できないだろう。彼女の行為に言葉は伴わないのだから。でもパフォーマンスから心情を読み取ろう、パフォーマンスで伝えようとするスタンスはいつも一貫していた。

 ここまで響きを繋いで鳴り続けていた美琴の音楽は、黙って聴いていればそのすべてが込められていたと気付けるものだったのかもしれない
 駆け出す心のBPMも、抑えられない旋律も――



シーズのステージ

 にちかは、美琴と立つステージに大穴を空けた。
 それは、シャニPの手腕が認められたことによりベテランディレクターから機会を貰った、ちゃんと歌えて実力を示せる筈だった大事なステージ。

 そして明確な症状を伴う不調ゆえ、次の仕事の判断も下さねばならない。その上で、シャニPがトリビュート・ギグの運営から持ってきた話は、企画にエントリーしていた斑鳩ルカと、美琴を組ませるという提案であった。

 だからシャニPはそれを、先ずにちかに話した
 まだシーズは協和する音を出せておらず、それは客観的に見ても283プロの良さが全然ないデュオであった。もちろんシャニPもそのことに気付いており、だからその糸口を常に探っている。互いの考えに思いを馳せる機会を大切にし、やりたいこと・やりたくないことを尊重したいと考えていた。

 美琴とルカの接近――にちかにとってそれはもっとも恐れていたこと。
 シャニPにもそれが解っていたから、本当なら揉み消すつもりの提案であった。しかし彼の担当ユニットに対する誠実さが勝り、にちかに伝えるに至ったのだ。

 きっとその想いは、にちかにも伝わった。伝わってしまった。
 だからにちかは悩んだ末、最終的にその提案を美琴に委ねる選択をした。本当なら揉み消すつもりの提案であったが、彼女のシーズに対する誠実さが勝り、美琴に伝えるに至ったのだ。

 にちかの、心酔とまでいえるような美琴への憧れは、隣に立つ自分の未熟さを未だ許してはいなかった。するとまるで、この企画により美琴に相応しい相方を選別するかのような、そんな真に迫った受け取り方をしてしまうのだった。


 一方で、美琴は拍子抜けするほどあっさりと、ルカとのステージを承諾した。一見するとその様は余りにも冷たく、シャニPはにちかの想いを過らせようと、シーズとしての美琴がどう考えているかを問う。
 すると美琴は、かつてシャニPが語ったにちかの想いを思い出していた。

 にちかにとって八雲なみは、自身のルーツであり憧れのアイドルだった。それは自身のパフォーマンスにもその振りを忍び込ませてしまうような、熱烈な憧憬。そんな行為を通して、相方にとっての「アイドル」の持つ存在の大きさを、今の美琴なら感じ取れていたのではないだろうか。

 トリビュートをカラオケで終わらせない為に、美琴は八雲なみのアイドル人生を巡る旅をした。彼女は多くの人に感動を与え、未だに語り続けられている。下積みや努力にまつわるドラマを封じ、パフォーマンスで人々を魅了するアイドル。

 もし相方が、その姿を自分と重ねているのであれば――

 ――憧れられているからこそ、彼女はステージに立たねばならない。
 ここまで響きを繋いで鳴り続けていた、にちかの音楽は止もうとしていた。けれど美琴がステージに立ち続ければ、シーズの音楽は止まらない。それは言葉なんかでは伝えられない、相方への信頼を示すパフォーマンス相方からの憧れに応える選択

 しかしやはり美琴のそれは、この時点では未だ相方に届いていなかった。



ここが序章に変わるように

 美琴はトリビュート・ギグで「そうだよ」をやるあたり、八雲なみのこぶしを握るポーズに込められたメッセージに着目していた。数あるパターンの中のその振りは、アドリブを利かせられる自由なパフォーマンスのひとつのように思えた。

 にちかはそのポーズが好きだと言い、ルカは好きではないと言った。でもそれだけではこぶしを握るポーズの解釈に至らない。すると美琴は、執念深くすらある八雲なみを巡る旅を経て、遂にその意味に辿り着いた。

 その行為には、八雲なみのドラマが詰まっていた
 当時のプロデュース方針により、彼女は下積みや努力にまつわるドラマを封じられていた。けれどその振りには、『パフォーマンス』という言語で彼女のドラマが込められていた。美琴はその想いに触れたのだ。


 一方その頃、にちかは自室で一人閉じこもっていた。
 憧れのなみちゃんを憧れの美琴と歌うはずだったのに、その座を元相方のルカに奪われてしまった、美琴がそちらを選んでしまったという現実が襲ってくる。ふと、とうとう捨てることのできなかった、シャニPからプレゼントされた靴を履こうとしてみれば、足がむくんで入らないことに気付く。
 それだけの長い間、自分が音楽を止めていたことに気付く。

 もう、いくらレッスンを積んでもトリビュート・ギグには出られない。斑鳩ルカとの再結成が上手くいってしまったら、美琴さんとのユニットにも終わりが来ることだって予感している。ならば調子を戻す意味なんて無いのかもしれない。
 それでもにちかはレッスン場に足を運んでいた。あるいはシャニPが靴に込めた想いが、彼女をレッスン場に運んだのだ。


 そんな折だった。
 なみの想いを知った上で再度プランを練っていた美琴は、レッスン相手として共演者のルカではなく、にちかを求めた。

 美琴にはずっと、シーズの自覚があった。
 だから相方のにちかにも、シーズである自覚を求めた。

 ここまで響きを繋いで鳴り続けていたのは、にちかの音楽でも美琴の音楽でもなかった。今ステージに立てなくとも、いつか来るステージで最高のパフォーマンスをやれるかどうか、その準備ができているかどうかその心構えさえあれば、シーズの音楽はとまらない

 だから美琴がにちかを求めた時に、にちかが予めそこに居たのは必然だったのかもしれない。最高のステージを求め続ける彼女らが、パフォーマンスでしか対話できない彼女らが、互いを求め合った時に落ち合う場所は、そこ以外にあり得なかった。

 シーズがステージに居ないとき、彼女たちはレッスン場にいる
 そこにはにちかにのみ観測を許された美琴の姿があり、決して表には出ない彼女たちだけのドラマがあった。

 シーズの2人は、似ていても違う互いのストーリーを、重ね合わせた。



わたしがわたしになるための

 美琴は八雲なみを通して、アイドルとしての自分を見つめていた
 彼女のこぶしを握るポーズをパフォーマンスに選んだ美琴は、やはり理由の言語化には戸惑っていた。

 しかしその振りに込められた意味を、パフォーマンスを通して美琴は確かに捉えていた。それは他者での代替が不可能な、けれど他者でも未来へつなぐことはできる想いそれはまさしく、アイドル性だった


 にちかは八雲なみを通して、アイドルとしての自分を見つめていた
 彼女はにちかのアイドルとしてのルーツであり、幸せだった家族の思い出の象徴でもあった。

 しかしそんな宝物のような初心は、283の門を叩いたあの日から擦り切れてしまっていた。幸せになることから逃げる選択を取り続ける自分の姿そこにはもはや、アイドル性は失われていた

 そんな自分を振り返って、憧れだったなみちゃんに問いかけていた。







 そこには美琴が、にちかにとってのアイドルが居た
 アイドルの意味を知った相方が、にちかのところに帰ってきた

 トリビュート・ギグがどうだったかとか、元相方との相性はどうだったかとか、恐らくにちかが一番気になるようなことを美琴は口にしない。しかし美琴は言語化できない想いを、行為に乗せてにちかに届ける。

 にちかのアイドルとしてのルーツの象徴ともいえる小さなステージ、ビールケース。その狭い狭いにちかの居場所に、にちかのパーソナルの奥の奥に、憧れのアイドルが、尊敬する相方が、足をかける

 にちかはまた、今までもずっとそうしてきたように、憧れだったなみちゃんに話しかけていた。家族の中でなみちゃんを歌っていたあの頃のように、大切な人と想いを重ねて、一緒に笑い合って、そんなキラキラした時間が流れてるよ――って。
 全部があった頃みたいにまた、幸せになれるのかもしれないよ――って。

にちか「――そうだよ」

 そしてアイドルになったにちかは今、自分で自分の背中を押した


 これは、わたしがわたしになるための、1000カラットの物語。




あとがき(所感など)

 思い付きをtwitterにあげたやつ

(この話はあとがき後に記述します)



 今回のイベントコミュ実装により、以前の記事を読むと素っ頓狂な考察もあるかもしれない――どころの話ではない


 私はかつて幾度となく、美琴のことを推し量ろうと綴ってきた。

「個性とかドラマに実力が勝る世界」足りえないであろうアイドル業界は、美琴にとって呪うべきものに置き換わってしまっている

相方【OO-ct. ──ノー・カラット】

美琴の発するその言葉は、(中略)10年の不安が溢れ出さないように、自分の激情に波風を立てぬように、無感情の音で塗り潰している

協和【SHHisファン感謝祭】

 そんなものすべて邪推でしかなかった。そんなことに気付かされた。

 洗練されたコマは回っている姿を見るだけで、その背景にある工学部チームのドラマが透けるのではないか。それこそがパフォーマンスで人々を感動させるということなのではないか。美琴は『パフォーマンス』という言語を用い、ずっとそのことを訴え続けていた。
 私にとって【セヴン#ス】は、そんな答えを明示されたコミュであった。だから黙って聴いていて――その意味も今なら心に馴染み心地がよい。

 しかしそれでも書いた時点での私の考えということで、以前の記事も特に改変せず残しておくことにする。自分への戒めとして。


 シャニマスがシーズで2年という月日をかけて描こうとしてきたものに、ひとつの区切りがついた。ただしこの先も、あの世界は一筋縄ではいかない問題を抱えていることが明示されている。それを今のシーズとシャニPが、どういう手段で挑んでいくのか、期待しながら待ち続けたい。




斑鳩ルカの色

 美琴のかつての相方である斑鳩ルカは、再結成とも見紛うようなステージの上で、明確にその未来が無いことを突きつけられてしまった。

 ルカだって、明確に美琴から言葉を貰ったわけではない。しかし彼女の『パフォーマンス』という言語の端々から伝わるそれは、美琴がもはやルカから遠いところへ行ってしまったことを物語っていた


 美琴にはずっと、シーズの自覚があった。
 彼女のパフォーマンスから滲み出るそれに嘘がある訳が無く、ルカはそのことを誰よりも――恐らくはにちかよりも敏感に感じ取った。にちかとルカがどんなに奪い合う構図を意識しようと、美琴の居場所を決めるのは美琴なのだ。

 しかし、美琴の居場所を決めるのが美琴であるのなら、今の居場所であるシーズが、かつて破綻したルカとのユニットに勝る点があるのも事実。彼女らを上手く軌道に乗せることのできなかったと後悔するマネージャーも、そのことに気付いていた。


 ルカとにちかは、似ているようで違っていた。

 自分の理想像を相手に投影し、見たくない、知りたくない現実からは目を逸らそうとするルカ。だから対話の末に手に入る筈の、苦くても価値のある多くの真実を取りこぼしてきた。


 見たくない、知りたくない現実だったとしても、そこから目を逸らそうとせず受け止めようとするにちか。だから苦くても価値のある多くの真実を、対話の末に手に入れてきた。


 八雲なみからテクニカルな部分を完璧以上に模倣した美琴、それに対する見方も2人で異なっていた。大好きな美琴を肯定するだけのルカと、憧れの対象であってもそこに足りないものがあると気付けたにちか。



 八雲なみのこぶしを握るポーズの受け取り方も2人で異なっていた。嫌な思い出から目を逸らそうとするルカと、憧れの存在の仕草から強い想いを受け取ろうとするにちか。


 そしてルカは自分の理想を押し付けるばっかりで、自分のパーソナルな部分には踏み込ませまいとしていた。にちかが自身のアイドルのルーツとなった出来事を初期の段階で語っている一方で、ルカのアイドルのルーツである筈の「八雲なみの娘である」ということすら、美琴に明かしていない


 そんな2人だったから、美琴はリハーサルの相手として、あるいはパフォーマンスによる対話の相方としてにちかを求めたのかもしれない。

にちか&美琴「そうだよ」

 ルカは、シーズのリハーサルを覗いてしまった。そこで聞こえた八雲なみの曲は彼女に「そうなの?」と語りかける。幸せになることから逃げ続けていた、あの日のにちかのように。



 このままではきっと、ルカはなぜ美琴が遠くに行ってしまったかも解らないまま心を閉ざしてしまう。もちろんルカにだって落ち度はあるが、しかし彼女の気質はその境遇に起因するところが大きく、そしてそんな彼女にアイドル性を見出すファンだっている
 その様はまるで、にちかと鏡写しのよう。


 ここまで283プロは、色を集めて翼を広げ、必要としてくれる人にもそうでない人にも、一人でも多くの人に寄り添おうとしてきた。そんな祈りにおいて、他とは混ざり合わないような色にも幸福の形があるのか、シャニマスはその命題に迫ろうとしている。


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