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黒頭巾ちゃんは白頭巾さんが苦手

 黒頭巾ちゃんは普段、緑の頭巾を被って生活しています。
 趣味はバラを育てること。
 真冬以外は、一日一度はお庭に出て、バラのお手入れをしています。
「あら、緑頭巾さん、おはようございます」
 隣のおうちのお庭で、草むしりをしていたらしい白頭巾さんが声をかけてきました。
(わ。白頭巾さん、お庭に出ていたのね)
 どうやら、白頭巾さんはしゃがんでいたので、垣根が邪魔をして見えなかったようです。
 白頭巾さんは女の子のママです。子供同士が同じ小学校なので、PTAで顔を合わせることもあります。
「おはようございます」
 黒頭巾ちゃんは笑顔を作り、無難に挨拶を返しながら……さりげなくバラの手入れをやめて、おうちに入る準備をはじめました。
 そう。黒頭巾ちゃんは白頭巾さんが苦手です。白頭巾さんは、けして悪い人ではないのですが、長く話していると頭が痛くなってきてしまうのです。
 黒頭巾ちゃんは白頭巾さんのことが、好きでも嫌いでもありません。これは本当です。でも、必要以上のことをしゃべりたくもありません。
 白頭巾さんは自分が常に正しくあり、そしてそれを人に言わずにはいられない性格みたいです。黒頭巾ちゃんから見るとそれは単に支配欲にしか見えないのですが、白頭巾さんには自覚はないと思います。
 黒頭巾家には男の子がいます。単に元気が良いだけでけして乱暴ではないのですが、白頭巾さんにとっては活発なことが脅威に感じられるようです。
 いろんなことでちょっとした抗議を受けるのですが、先日は荷物が重くて学校に遅れそうだったのに、後ろからきて走って抜かして行ったと言われ、何のことか一瞬わからなかった黒頭巾さんですが、要するに娘の荷物を一緒に持って行って欲しかったらしいのですが、そんなの言ってくれなきゃわかりません。
 一応息子に、その旨伝えてみたのですが、
「そんなことあったっけ?」
 と首を傾げられてしまいました。どうやら眼中に無かったらしいです。
 まぁでもそんな感じで、黒頭巾ちゃんのほうではあまり白頭巾さんと関わりたくないのですが、家も隣ですし、関係を悪化させるわけにもいきません。そんなわけで黒頭巾ちゃんは白頭巾さんに対して、当たらず触らず、ぬるぬるとぬるく、接し続けているのでした。
「緑頭巾さん、今日はもうお庭のお手入れ、お終いですか? まだこっちにも摘んだ方がいいバラがありますよ。咲き切って、散りそうですもの」
「そっちは、明日やろうかなと……」
「明日は雨だそうよ。今日中になさったら?」
「そろそろ昼ごはんの支度もありますし……」
「あら、まだ10時半なのに? ずいぶん凝ったお昼ごはんになさいますのね。そうそう、緑頭巾さんってお料理上手なんですってね」
「は? いやいや……白頭巾さんにはとてもとても、敵いません」
「えっ、わたし? そんなことないのよ、だってわたし、最近はほとんど調味料を使っていないんですもの。緑頭巾さんのところはきっと、色々入れて美味しくなさってるんでしょうけど。そうそう、うちね、最近は特別な農場で作られている宅配のお野菜しか食べないの。素材の味を大事にしたいから、味をつけるのはやめたの。塩を使った食事をすると、最近は眩暈がしちゃって」
「へえ……」
 黒頭巾ちゃんは何かの人形みたいに笑顔を作ったまま頷き続けていました。
(今日はこっち系の話題かぁ……)
 白頭巾さんの話はほぼ百パーセント自慢ですが、方向性はいろいろなのです。とにかく、始まったらひと通り傾聴するしか逃れるすべはありません。
 白頭巾さんはすべてにおいてダメな話をしているわけではありません。きっとそのお野菜は美味しいのでしょう。美味しいお野菜は、黒頭巾ちゃんだって好きです。宅配のお野菜を届けてもらっていた時期もあります。
「そういえば黒頭巾さんは、バラにいつも肥料を上げてますでしょ。そういうのって土が弱るそうですわ。無肥料がいいのじゃありませんこと?」
「はぁ……」
「通りすがりの人が見てくれるからって、バラの木に負担をかけてまで咲かせなくてもいいんじゃないのかしら。そういうのって自然に反してると思いません?」
『思いません』
と、真顔で言ってやろうかなと思った黒頭巾ちゃんですが、白頭巾さんがぶつぶつ言っていた意図がようやく読めたので、笑顔であとずさりながら家に入ることにしました。
 ちょうどバラのシーズンなので、黒頭巾ちゃんの家の前を通り過ぎる人たちは、足を止めていく人も多いのです。中にはカメラを持ち出して写真を撮る人もいます。
 何かと張り合いたいらしい白頭巾さんは、お金をかけて業者を入れてまで日々庭作りに励んでいるのですが、その成果がなかなか出ないのでイライラしているのでしょう。
 しったこっちゃありません。でも、黒頭巾ちゃんから見て、白頭巾さんは何かを育てるのが苦手なタイプに見えます。
「ちょっと待って、緑頭巾さん。そうそう、これがその宅配のお野菜のパンフレットなの。見てちょうだい」
「ありがとうございます」
 仕方なく黒頭巾ちゃんはそのパンフレットを受け取り、見てみました。
(何、これ。大根が、一本五千円? なすが五個で、三千五百円?)
 びっくりして顎が外れそうになりました。
 育てるのにコストがかかっているのだとしても、高すぎます。
「緑頭巾さんったら、お値段ばかりお気になさるのねぇ。そんなところばかり見ないで、理念のところを読んでくださる? ねえ、すばらしいでしょ? この農場は○○様がお作りになったの。ここのお野菜は、特別なお野菜なのよ。世界が終わるとき、このお野菜を食べているものだけは救われる、そういうお野菜なの。ねえ、緑頭巾さん、緑頭巾さんは家に閉じこもって育児ばかりしているじゃない? そんなことじゃ、世の中のことがわからなくなるわ。これを機会に、今度集会にいらっしゃらない? 誰でも、ってわけじゃないの。緑頭巾さんだから、誘うのよ」
(うわぁ……)
黒頭巾ちゃんは深呼吸して一拍置くと、
「あらぁ! ごめんなさい白頭巾さん! わたしったら歯医者の予約を忘れてましたわ! これから急いで行かなくちゃ! それではまた、ごきげんよう!」
 黒頭巾ちゃんは走っておうちの中へ戻りました。
 白頭巾さんはけして悪い人ではないのですが、黒頭巾ちゃんはやっぱり白頭巾さんが苦手です。
 世界が終わるときは、終わればいいと思います。

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