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黒頭巾ちゃんは酒乱

黒頭巾ちゃんはちょっとだけ酒乱気味です。
だから、お酒を飲むときには、飲み過ぎないように気をつけています。
けれどたまにはやっぱり、失敗してしまうこともあるのです。

黒頭巾ちゃんはアル日、青頭巾ちゃんを誘って夜遊びに出ることにしました。

青頭巾ちゃんは昔からの友達で、とても美人なのですがわりと人でなしで、一緒に遊んでいてとても面白い人で、とにかくあまりにも面白いので、黒頭巾ちゃんはいつもお酒を飲みすぎてしまうのです。

一軒目は居酒屋、二軒目はバー、三軒目はロックバーで、次はクラブ。もちろん酒はずっと飲みっぱなしです。さんざん飲んで踊ってふらふらになった黒頭巾ちゃんと青頭巾ちゃんは、さすがに疲れきってクラブを出て、よくわからないままに開いていた酒場に入り込んでしまいました。

ふたりで座り込んでぼうっとしていると、次第にそこがカラオケバーだということがわかってきました。昔ながらのスナック風の店で、なんでこんなところに唐突に入ってしまったのか、酒が回りまくっている黒頭巾ちゃんと青頭巾ちゃんにはさっぱり理解できませんでした。
当然のことながら、その店の中ではうるさいカラオケの歌声が鳴り響いていました。
「へー、ここカラオケするところなんだね。わたしも歌っちゃおうかなあ」
「いいじゃん、歌えば?」
二人はダラダラと言葉を交わします。しかしまあ、その聞こえてくる歌の下手クソなこと。見てみると、ちょっと可愛いうさぎちゃんが歌っているようです。そんなことはどうだっていいはずなのに、なぜかそれを聞いているうちに、黒頭巾ちゃんはなぜか段々イライラしてきたのでした。よくない兆候です。
「ねー、なんか音痴だよね、あのうさぎちゃん」
「そうだけどさ……。黒頭巾ちゃん声が大きいよ」
「だってさあ、Aの音が高いよ」
「だからやめときなって」
「んでさあ、Bの音が低いの。自分の中で鳴ってるだけで外から聞こえてないんだね」
「ほんと声大きいよ黒頭巾ちゃん」
こそこそ話していたつもりだったのですが、青頭巾ちゃんの言うとおり黒頭巾ちゃんの声は大きかったようです。
歌い終えたうさぎちゃんが、赤い目でこっちを睨んでいます。うさぎちゃんもどうやら、相当に酒が入っている様子でした。
「ねーちょっとあんた」
「おい、やめろよ」
側には彼氏らしい柴犬がいて、うさぎちゃんを止めようとしています。
黒頭巾ちゃんたちも、面倒なので最初は無視していました。でも、うさぎちゃんの勢いは止まりません。
「ちょっと、そこのあんた。あんたよ、あんた」
黒頭巾ちゃんは、あんた呼ばわりされてムカムカが収まらなくなってきました。とりあえず目の前の日本酒をガッと煽ります。日本酒……。黒頭巾ちゃんが一番飲んではならない種類のお酒です。理由はなぜか、キレやすくなるのです。
「ちょっと! そこの黒頭巾被ったあんた! あんたに言ってるのよ! 返事しなさいよっ」

黒頭巾ちゃんはとうとう、冷酒のグラスをテーブルに置きました。
「何よ、うるさいわね……。なんなのよ、わたしに何か用?」
「や、やめなよ、黒頭巾ちゃん。落ち着いて」
青頭巾ちゃんがすっかり酔いの醒めた顔で必死に黒頭巾ちゃんの腕を掴みます。
「人がいい気分で歌ってるのにさあ、何よあんた。わたしの悪口言ってたでしょ! こっち見て笑ってたの、わかってんだからね。何言ってたのかもう一度言ってごらんよ」
「やめなって、うさ子さん」
人柄……ではなくて犬柄の良さそうな柴犬の彼氏は、おろおろするばかりです。
「は? 音痴だから音痴だって言っただけじゃん。そんな大したこと言ってないよ。ってゆーかなんで興奮してんの?」
「あんたにそんなこと言われる筋合いないわよブス!」
「へー。人の顔のこと言う前に鏡見てくれば? トイレについてたよ? 何なら今手鏡貸す?」
「何よあんた! いったい何様のつもりなのよ?」
「あっ、ご、ごめんなさい。この子ちょっと酔ってて……」
青頭巾ちゃんが必死な様子で、割って入ろうとしています。
「大丈夫よ青頭巾ちゃん。何よこの女、こうさぎのくせにさあ、変ないちゃもんつけてきやがって」
「っていうか先にいちゃもんつけたのは黒頭巾ちゃんだよぉ」
「何よっ、こうさぎだってえ? 人をバカにするのもいい加減にしなさいよこのブス!」
「こうさぎだからこうさぎだって言っただけじゃん。悪口のバリエーションが少ないのはバカの証拠だよね。それにわたしはさっきから本当のことしか言ってないけど。あんたが音痴なのは本当のことだし、大して可愛くないのも本当のことじゃん。本当のこと言って何が悪いの」
「何なのこのクソ女!」
こうさぎ、じゃなくてうさぎちゃんはとうとう頭に血が上ったらしく、いきり立ってヴィトンのバッグで殴りかかってきました。ヴィトンのモノグラムキャンバス地というのは表面が固いため、当たればかなり痛いのです。黒頭巾ちゃんはひょいとよけました。

ヴィトンのバッグは黒頭巾ちゃんたちのテーブルを直撃したためグラスが割れ、黒頭巾ちゃんのお洋服を酒まみれにしました。お気に入りのワンピースだったので今度は黒頭巾ちゃんが完全にキレました。
「何すんのよ、このバカうさぎ!」
カッときた黒頭巾ちゃんも立ち上がって、セリーヌのバッグで応戦です。こっちもわりと固いバッグなのでそれなりに破壊力があります。するとこうさぎもひょいと避け、生意気なことに回し蹴りを食らわせてきました。
「い、いったーいっ! 何すんのよこうさぎのくせに、よくもやったわねっ!」
幸い、というか、不幸に、というか。深夜だったため、そのカラオケバーにはもうほとんどお客さんはいませんでした。
殴る蹴る逃げる汚れる……。女同士バッグを振り回し髪を振り乱し、もう大乱闘です。一体どれくれいの時間そんなことをしていたのかなんて、黒頭巾ちゃんにはわかりません。普段は体力なんてそんなにないのに、酒乱の時というのは火事場の馬鹿力みたいなものが湧き起こってきて、わりと長く暴れることができるのです。不思議なものですよね。
そんなわけで……。ふと気がついたら、店の看板は蹴り倒され、グラスは割れまくり、椅子やテーブルはそこら中に倒れまくっていました。
「おい」
誰かが黒頭巾ちゃんを背中から羽交い絞めにしています。
「放しなさいよぉ……」
そう言ったものの、黒頭巾ちゃんももう、動けないくらい疲れきって、意識も朦朧としていました。
「まったく、こんなとこで何やってんだよ」
そっと振り向くと、おおかみがため息をついていました。
向こう側では、うさぎちゃんがテーブルに突っ伏して寝ていました。
お店の人たちは、皆無言で片づけをしています。
「……ところで、なんであんたがいるのよ……」
「青頭巾ちゃんから連絡があってさ。たまたま近くで飲んでたから良かったけど。勘弁してくれよ……」
「ふうん、そうなの……。で、青頭巾ちゃんは……?」
「なんか、柴犬とどっかに行ったぞ?」
「え? 柴犬は確かあのうさぎちゃんの彼氏のはずだけど」
「そんなこと俺知らねえよ」
「……」
さすが青頭巾ちゃんです。それくらいのことは平気でやる女です。

そのうちに、うさぎちゃんも目を覚ましたようでした。酔いの醒めた顔です。
「あのー、ごめんなさい。わたし、飲むとけんかっ早くなるほうでして」
「いえいえ、こちらこそ、すみません」
お互い服はどろどろ、そして体中擦り傷だらけのようです。おまけに、なんだか、臭い……。
「ねえわたし、どうしちゃったの?」
黒頭巾ちゃんがつぶやくと、うさぎちゃんも自分をくんくん嗅いでいます。
「あー、二人ともかなり吐いたから。それも覚えてないの?」
おおかみが冷たく言います。
覚えてない。全く覚えていません。

「とりあえずこの店の壊し賃は払っておいたからさ……もういいって。だから行こうよ。あ、そっちの彼女も一緒にどうぞ」
おおかみに言われるままに、黒頭巾ちゃんとうさぎちゃんは店を出てタクシーに乗りました。
おおかみがさりげなくうさぎちゃんに話かけています。
「あの柴犬って君の彼氏なの?」
「あー、いちおうそうなんですけど、でも大した付き合いじゃないです」
「あ、そう。ならいいよね」
「あの、いったいどこに向かってるんですか?」
「ホテル。だって二人とも洗わないと臭いじゃん」
黒頭巾ちゃんとうさぎちゃんは考える気力がなかったので、おおおかみと一緒に三人でホテルに行き、三人でお風呂に入って、そして三人でセックスしました。
柔らかいベッドで眠りにつく瞬間、黒頭巾ちゃんはしみじみ、もう飲みすぎるのはやめよう思いました。


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