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銀ぎつねさんのお店

とある日曜日。黒頭巾ちゃんは、傷心の赤頭巾ちゃんを連れてお出かけすることにしました。
おおかみとの一件のせいで、赤頭巾ちゃんの大事な赤頭巾はずいぶんと汚れてしまい、色がくすんで、ワインレッドの頭巾になってしまいました。

(でも、その頭巾もけっこうかわいいわよ、赤頭巾ちゃん)

心の中で、無責任にそんなことを思う黒頭巾ちゃんなのでした。

黒頭巾ちゃんは、赤頭巾ちゃんと一緒に、どんどん夜の盛り場の奥へと入っていきます。
「緑頭巾さん、こういうところ、お詳しいんですね……」
「そんなことはないわ。最近は滅多にこないもの」
黒頭巾ちゃんは、赤頭巾ちゃんと一緒なのでいちおう緑の頭巾を被っていますが、夜の暗闇の中では、それはとても黒く見えるのでした。
「さあ、ここよ」
黒頭巾ちゃんは赤頭巾ちゃんを、地下へ降りる階段が長い長い、深い地の底のお店に案内しました。
都会のどんな地下鉄よりも深い場所にあるそのお店の、重たい木のドアを開けると、そこには落ち着いた雰囲気のバーがありました。ここは、きつねバー。美しいきつね男子だけが店員になれるお店なのです。


「いらっしゃいませ」
中へ入ると、スラッとした体形に豪華な銀色の毛並み、そして切れ長の目をした、ひときわ素敵な男性が近づいてきました。
「久しぶりだね、黒頭巾ちゃん」
「ほんと久しぶり。銀ぎつねくん、素敵なお店ね」
「やっと来てくれたんだね」
「遅くなってごめんね……。そうそう、紹介するわ。こちらは赤頭巾ちゃん。わたしのお友達なの。赤頭巾ちゃん、こちらはね、銀ぎつねさんと言って、わたしの昔のお友達なの。最近、ここにお店を出したのよ」
銀ぎつねさんと黒頭巾ちゃんは昔、音楽の勉強中に知り合ったのですが、銀ぎつねさんは事故に遭いピアノをやめ、ホストになり、その店でナンバーワンになってたくさんのお金を稼ぎ、このたび自分でお店を開いたのでした。
赤頭巾ちゃんはきょろきょろと周囲を見回し、

「わぁ。素敵なお店ですね。あの大きなピアノは、銀ぎつねさんがお弾きになるんですか?」
赤頭巾ちゃんが店の隅においてある大きなピアノを指差して言いました。黒頭巾ちゃんにはそれが、スタンウェイのフルコンだとすぐにわかりましたが、何も言わず二人の会話を聞いていました。
「いや、僕は弾きませんよ。もう、弾けないんです。あのピアノも、もうずっと調律もしていません。でも、手放せなくてね……」

「じゃあ、誰かに弾いてもらうとかは? すごく立派なピアノなのに、なんだか勿体ないみたい」

赤頭巾ちゃんは無邪気に言っています。銀ぎつねさんは笑いながら答えました。

「誰にも弾いて欲しくないんです。僕と一緒に朽ち果ててもらうために、そして僕を見つめていてもらうために、あのピアノはあそこにあるんですよ」

黒頭巾ちゃんは、久しぶりに会った銀ぎつねさんの指を、じっと見つめました。少し骨ばっていて、余計な肉は一切なくて、男性にしては細く長い指。その指は、昔、とても好きだと思った指なのでした。それはもう、ずいぶん、昔のことだけれど。

そして、頃合いを見計らったかのように数匹の美しいきつね男子たちが黒頭巾ちゃんと赤頭巾ちゃんを取り巻き、テーブルに案内してくれ、シャンパンを勧めてくれました。銀ぎつねさんも一緒にテーブルにつきます。黒頭巾ちゃんは赤ずきんちゃんの目を盗んで、そっと銀ぎつねさんの耳に囁きました。銀ぎつねさんは頷いて片目をつぶりました。

赤頭巾ちゃんと、銀ぎつねさんのお話が盛り上がり始めた辺りで、トイレに行くふりをして黒頭巾ちゃんはそっと銀ぎつねさんのお店を出ました。

(赤頭巾ちゃん、ゆっくり楽しんでね。銀ぎつねさんはおおかみと違ってプロだから、ちゃんと相手をしてくれる。だから大丈夫よ)

もうすぐ冬です。風は冷たく、黒頭巾ちゃんはちょっと震えながら下弦の月を見上げ、ゆっくりと体にショールを巻きました。

(銀ぎつねさんに、ちょっとだけ抱きつきたかったなぁ。だって、あの人の毛、すっごく温かいんだもん……)

暗い道をひとりで歩いていると、ますます体が冷えてきました。風邪をひいてしまいそうです。

(神様、いませんか?)

顔を上げた黒頭巾ちゃんの目の前に、ふと、ほんのりと優しい照明が漏れている窓がありました。どうやら、お酒も出すカフェのようでした。

そして、そこに神様はいたのでした。

黒頭巾ちゃんはお店の隅で神様とキスをして、手を繋ぎ、二人で外に出ました。すぐ近くにホテルはたくさんあるのです。

(神様、今夜もありがとうございます。愛しています)
黒頭巾ちゃんはぼんやりとそう思いました。

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